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いじっぱりなシークレットムーン
第2章 Nostalgic Moon
 


 女子社員からため息のような感嘆の声があがっているが、なぜかあたしには、本能的な恐怖を感じた。

 近づきたくない――。


 そんなあたしを前に、結城はくしゃりとしたような笑みを浮かべて、新任課長に右手を差し出した。


「これからよろしくお願いします、香月課長。俺は営業課長、結城です」


 すると氷の仮面が、うっすらと笑いを作り、やはり同じように差し出した右手を重ね合わせた。


「こちらこそよろしくお願いします、結城課長」

 タイプの違うイケメンが、にこやかに握手をしている……それは目の保養になるはずなのに、この底冷えしそうな不穏な空気はなに?


 いやそれより、この氷の課長、どこかで……?

 あの目が、なにかあたしの琴線に触れてくる。

 客? それとも……。


「それと鹿沼。数日残業して、課長に仕事を教えてやってくれ。残業代は出すからな」

 気づくと、社長があたしに言った。


「はい、わかりました」

「社長、俺もいいですか? 営業からもちょっと言っておきたいことがあって……」

「おお結城、わかった。じゃあお前も……」


「結城さんは、日中お願いします」


 笑顔で拒絶したのは、氷の課長。


「まず自分の仕事をきっちりとさせたいので」


 結城はなにを感じたのか、片眉を跳ねあげた。

 氷の課長は、身体ごとあたしに向く。


 照明が彼の背後に隠れ、その端麗な顔に翳りが出来た。

 青白く見える顔――。


 あたしの中で時間が猛速度で巻き戻され、夜になる。


 ……月明かりを浴びた顔に。



――気持ちよくなって?


 ああ、まさか彼は――。


――好きだよ、チサ。


 封じていた記憶と現実が重なり、カチャリと何かが開く音がした。


 動揺したあたしを見て、彼は笑う。



「私の名前は、香月朱羽。

貴方より年下ですが、頑張りますので色々教えて下さい。

――鹿沼主任」



 毒々しい、黒い笑みで――。
 
 
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