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いじっぱりなシークレットムーン
第2章 Nostalgic Moon
 

 ***


 残業、ただいま二十時――。

 社長命令で誰もいなくなったフロアのミーティングルームだけに照明があてられ、あたしと香月課長だけが居残りだ。


「ですので、WEB部は……」


 資料室から青い分厚いファイルに綴じていた、過去にした案件を取り出して説明して、あたしは喋る。とにかく喋って、最初にあたしが勝手にとりきめて宣言した、今日の分のファイルの説明が終わるまで、さっさと終わらせようと奮闘する。


 鹿沼陽菜28歳、社会人になって6年目。

 説明する時は、相手の目を見て話すことが重要だと学んでいます。

 どんなに苦手な相手でもにこにこと笑って、どんなに怒り心頭でもそれを顔に出さない完璧な営業スマイルに、自信があります。


 とはいえ――。


 見てる。

 見てる。

 あの色素の薄い瞳で、じぃぃぃっと見られている。


 しかも純粋な聞き手ではなく、なにかよからぬ私情を渦巻かせたかのように、レンズの奥の切れ長の目から放たれるのは、低温火傷しそうな冷視線。

 あたしを詰るように、ひどく睨みつけている気がする。

 人が居たときの冷ややかさは、まだ穏やかな方だったらしい。気温と共に視線も冷え込んで、嬉し楽しの残業に突入だ。

 言いたいことがあるのなら、さっさと言えばいいと思う一方で、頼むからなにも言うな、言わないでくれ、ともうひとりのあたしが叫ぶ。


 中学生を相手に、しかもこの上ないほど思い切り感じてしまったあの黒歴史、あたしの汚点を本人に暴露されたくない。一応これでも、発作がなければ普通の女なのだ。

 ああ、今まで心の奥底に封印していたのに。



 こうづき しゅう


 人事課でも確認した、彼が自ら名乗ったその響きを持つ名の漢字は「香月朱羽」だった。

 間違いなく九年前、写真のゼッケンにかかれていた名前だし、なによりあたしが、彼の顔を覚えている。

 あの時は、欲情した男の艶めいた顔しか印象になかったけれど、あの顔をもっと大人にして熱を冷ましたら、この顔になる。絶対になる!

 もし彼があたしに気づいていないかったらの可能性も捨てきれず、こちらから聞いてボロを出したくはない。

 鉄腕OL、さあやりきれ!!
 
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