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いじっぱりなシークレットムーン
第5章 Crazy Moon
「若いっていうのはいいなぁ、カワウソ」
しばしの沈黙を経て、社長が言った。
「え?」
「未来がある」
自嘲気に笑いながら、遠くを見つめる目を細めて。しみじみとした物言いに、あたしは話題を変えた。
「社長はプライベートでも衣里と仲がいいんですか?」
暗に、どの程度の仲なのか聞いてみる。勘が鋭い社長なら、あたしがなにを訊きたいのかきっとわかるはずだ。
「真下とは……八年の付き合いになる。抱いたことはないが」
それは意外な答えで、あたしは数回目を瞬かせた。
「衣里と、入社前からの知り合いなんですか? 結城同様」
「ああ。僕が忍月に居た時の得意先の旧家のお嬢さんで、いつも着物姿で陰鬱な表情をしていた。思ったことも言えずに、いつも笑っていた。笑いしか表情を作れない子だった」
「衣里がですか?」
あたしは衣里の過去は知らない。
入社した時既に、今にようにはきはきとした男勝りな美女だった。基本クールだけど、喜怒哀楽はしっかりあると思う。
営業成績がいいのは、自分を偽れるからとでも言うのか。
「ああ。まあそれで僕が色々と面倒を見ることになってな。そうしたら今の衣里が出来上がったというわけだ」
随分と端折(はしょ)られた気はするが、社長から衣里という単語が出てきただけで、社長と衣里との間には、特別な時間が流れているのだと感じた。
「……社長は、衣里のことどう思われているのですか?」
「僕には睦月という子供がある。その子供と衣里は同い年だ。若いのだから、もっと世界を見ないといけない。こんないつどうなるかわからないおじさんではなく」
社長はわかっているのだろうか、衣里の想いを。
「年は、関係ないと思います」
思わずあたしはそう口にしてしまった。
「そうか。お前は同世代がいいというわけでもないんだな。だったら年下の香月でもいいわけか」
「なんでそこに課長が出るんですか」
意味ありげに笑う社長は、やがて真顔になった。
「鹿沼。衣里と睦月と仲のいいお前を見込んで頼みがある」
初めて見るような男の顔で――。
「僕にもしものことがあったら、会社は睦月に継がせてくれ。ムーンを立ち上げたのは、睦月にやるためだ。あいつなら社員もついて行く」