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いじっぱりなシークレットムーン
第6章 Wishing Moon
 

 返事がないからちらりと見ると、課長はバックミラーを見て、思い切りべったりついたあたしの口紅を手で落とそうとしていた。

 忙しくて聞いていなかったのか。あたしは鞄からポーチを取り出し、化粧水を浸したコットンで、ホラーになっているお口を拭いてあげた。

 じっと痛い視線を送られながら、あたしも化粧を直す。


「慣れてるね。いつも結城さんとの経験で?」

「違いますよ、今ちっちゃい脳みそで考えた結果です! 結城はこんな無理矢理なんてしてきませんから」

 言い切ってからムンクの叫び。

 あたしなに言っちゃってるの!?

 ほら、課長様の薄茶色の瞳がじぃぃぃっとあたしを見てるじゃない。

 絶対今のこの間、あたしの何百倍も頭が回転してるんだわ!

「……あのさ「もうこんな時間!! 急がないと、ほらほら!」」

「陽菜」

 名前を呼ばれて、あたしはびくっとして黙り込んだ。


「結城さんとのことはもう深く聞かない。あのひとと話すほどにいいひとだとわかるし、きっと俺が落ち込むだけだから」

「落ち込むもなにも……」

「二週間後の金曜日と約束したことは覆す気はない。……なに、金曜日を結城さんと過ごす気なの?」

「……っ」

 頭で考えるよりも身体が反応する。

 それを見た課長の顔が自嘲気に歪んだ。

「いえ、その……ちょっと、理由があって」

 あたしの馬鹿!

 結城を否定すればよかったのに!


「どんな理由?」

「そ、その……」

「……課長はブルームーンって知ってますか?」

「ブルームーン? 満月が二回って奴?」

「よくご存知ですね。はい、それでちょっとあいつが必要になる事態が……って、別に必要なわけでもないですけど、おほほほほ……」

 駄目だ、営業モード崩れた!


「………」

「………」


「……それで俺が納得出来ると思う?」

「思いません。そうですよね、はい」

「二週間後の金曜日は、俺に抱かれて。俺があなたを抱きたいんだ」

「な……」


 課長は車を走らせた。


 ブルームーンが怖い。

 課長に抱かれたいと思えば、やっぱり課長に理解を得ないといけないのか。

 見られたくない。……嫌われたくない。獣のようなあたしを。

 課長が結城のような性格だとは思えないあたしは、今は静かに目を瞑るしかできなかった。


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