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いじっぱりなシークレットムーン
第3章 Full Moon
あたしが希望して出会った会社ではないけれど、今は天職のように仕事が面白いし、仲間にも恵まれていると思う。
特に、今シークレットムーンの営業の中核を担う衣里と結城が同期なのが、あたしにとっては幸運だ。あたしが仕事をきっちりとやることでふたりの役に立てると思えば、俄然やる気がでる。
二年前にシークレットムーンになって、杏奈や木島くん達、即戦力になる技術系の社員が多く増えた。
能力がある彼らは、あたしのような下積みの苦労とは無縁だろう。だからこそ、簡単にできてしまうことが、顧客にとっては簡単では出来ないことを、現場で見てきたあたしが教えてあげたいと思う。
自分が簡単にできることが、他人が出来るとは思わない。つまり一方的な価値観を押しつけているだけなのだ。
木島くんの案に異議を申し立てたのも、木島くんがひとつのイメージで顧客を抑えることが可能と思ったことに対して、それ以上の代案を考えようとしない怠惰さと高飛車な姿勢を、あたしは怒ったのだ。
女性らしいという案ではとてもいいと思う。彼は外見は物言いはああだが、大学のデジタルデザイン科で優秀だったらしい。腕もセンスもあるのだから、自信があるのも頷ける。それがあたしの好みではなかっただけの話。
もしも代案も考えて顧客目線であったのなら、あたしはピンクのひらひらも顧客の選択のひとつとして推したいくらいだ。自己満足の域で自惚れたら、才能はそこまでだと、木島くんが気づいてくれたらいいのだが。
「ああ、気づいてくれなそう~。めげるなあたし!」
腕まくりをした片腕に力こぶを作りながら、昨日の朝にはなかった新しい机の前でため息をつく。
「はぁぁぁ。あたしの隣か……」
投げやりな気分で拭いていたが、やがて超高速雑巾がけ。
前に誰が使っていたのか、中古の事務机にはシールの痕があったのだ。我武者羅ににゴシゴシゴシ。
「ふぅっ、とれた。しつこい残骸だったなあ、ここの主もしつこい性格でなければいいけどさ」
思わず雑巾をもった手を腰にあててそうぼやくと、
「それはあなた次第でしょうね」
振り返った先には、濃灰色のスーツを着た、眼鏡姿の香月朱羽がいた。