この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
いじっぱりなシークレットムーン
第6章 Wishing Moon
***
午後七時四十分――。
指定されたホテル最上階、料亭を模した落ち着いた雰囲気の日本料理店に入り名前を告げると、着物を着た綺麗な女性店員が、奥へ奥へ、とにかく奥へとあたしを連れ、重いドアを開けた。
完全個室となっている和室だ。
こんな奥なら、声を上げても店内に聞こえないかもしれない。そういう作りの気がする。
十畳くらいある和室に、お膳が二人分。
向かい合わせではなく、夫婦のように真横だ。
奥に襖がある。なにか嫌な気分がして、ここに誰もいないことをよく確認してから襖をあけて奥を覗くと、布団がひとつ。
「気持ち悪……」
ここはそんな店なのだろうか。それともそんな店にできるほど、副社長に力があるのだろうか。
どちらにしても、あたしだってほいほいとついてはいかない。
藺草の匂いを嗅ぎながら、下座に正座して待つこと十分。
足音がして、ドアが開いてダークグレイ色のスーツ姿の副社長が現れる。
「お前、こんなところでなにをしているんだ。ほら、席に座れ」
去年見た以上に、好色そうな顔だ。
もう既にぎらついた目であたしを見定め、どう料理して食べようかと、お膳ではない料理の方を考えていることがとてもよくわかる。
言葉遣いからして、あたしは既に見下されている……。
前に結城が居た時は、もうちょっと丁寧な言葉だったのにね。"お前"呼ばわりなのは、あたしが女だからなんだろうか。それともあたしという人間を見てのことなのか。
……悔しい。
「お食事の前に、打ち合わせを始めさせて貰いたいのですが」
席について座椅子の上に胡座をかいて座った副社長に、あたしは距離をあけて正座した。
「食事をしろ。その後は向こうで打ち合わせしよう」
指で示されたのは、襖の奥。
布団でなんの打ち合わせするっていうのよ。
にやにや笑う顔が気持ち悪い。一般的に言えば決して悪くはない顔立ちだろうけれど、下心丸出しの感情に覆われた顔をあたしは好きにはなれない。
いかに結城があの時、あの好色な目線を遮ってくれていたのか、その存在感が身に染みる。
今、結城はいない。あたしひとりで切り抜けなきゃ。
「食事の前にまず聞いて頂きたいことがあります」
「なんだ?」
あたしは土下座をした。