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いじっぱりなシークレットムーン
第7章 Waning moon
 

 ガタンッ!!

 受話器をぶつけているかのように、荒い音をたてて受話器が本体に戻され、あたりは静まり返った。

 隣にいる衣里は心底嫌そうな顔で受話器を耳に当てながら、あたしもビクッとしながら、音の発生主――結城を見つめた。

 いつも明るくムードメーカーの結城がここまで機嫌が悪いところを、外に見せることはないし、これはプールで初めて沙紀さんに会った時以上だ。

 なにより社員の調和を重んじる奴だというのに、この静けさは不調和の前触れのようで怖い。
 
 結城は首に両手を組むようにして俯いていて、誰に怒っているのかわからない。だけど、あたしにのような気がする。

 多分あたしだ。

 課長と手を繋いでいるのがわかって、怒っているのか!?


 ……だよな。
 

 結城にして見たら、微笑ましいと思うわけがない。

 他の男と手を繋いで、何食わぬ顔をしているなんて。


 だけど離れないんだよ、離そうとずっと努力しているのよ。

 別に仲良しこよしの幼稚園児じゃあるまいし、離そうとすれば手の甲抓られるんだよ。お仕置きみたいなんだよ、この手。

 どんな理由であれ、結城の気持ち考えたら――。


「鹿沼!」


 その結城出た声音は、いつも通りの朗らかなもので。

「お前今ちょっとあいてるか?」

 もう嵐は過ぎ去ったのかと少し呆気にとられて、もごもごと答える。

「今は……課長と打ち合わせ……」

「ちょっとさ、頼みたいんだ」

「頼み?」

 離れない課長の手をおっつけるようにしながらそう言うと、結城が片手を拝むようにたてて、課長に言った。

「悪い、香月。二十分くらい鹿沼貸してくれね? 俺、午後に回る得意先と、ここの皆に差し入れケーキ買いたいんだけど、鹿沼あそこのよく知ってるから。フランス語の三日月」

 それは……、会社すぐ近くに出来た『Lune en croissant(三日月)』という名前のフランス菓子店のことを言っているのか!?

 あの高いけど美味しい、だけど昼頃には売れ切れていて、いつも簡単に入ることのできない……、いろんな雑誌に紹介されている超人気店に、今から行くというのか?
 
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