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いじっぱりなシークレットムーン
第7章 Waning moon
「課長、はいどうぞ」
そそくさと衣里のところに行こうとしたら、課長に訊かれた。
「これがその有名なケーキなんですか? 随分とシンプルな真四角ですが」
「ここのお店はケーキが全部キューブ型なんです。課長のはヘーゼルナッツのプラリネです。中にビターチョコのムースとコーヒーチョコガナッシュのダコワーズがあるんですが、その間にブランデーが入っていて、大人の味として一番人気なんです」
また呼び止められる。
「……あなたは?」
「あたしは、ベリー系で……」
「もって来て」
「え?」
課長が優しく微笑んだ。
「あなたは一番人気のこれが、そらで説明できるほど好きなんでしょう? 私はベリー系好きだから、そっちを食べさせて下さい」
なんでそれが好きだとわかるの!?
ひとつしかないから、課長にあげたかった。
「でもあたしは、いつも食べてるしっ」
「ベリーのは美味しくない?」
「美味しいです! あたしこれも好きなんで」
「だったら取替えましょう。ベリーのもあなたのおすすめなんでしょう? このチョコのを美味しく食べてるところを見せて下さい。……あなたに、私にと、ひとつしかない好きなものを持ってきてくれたことだけで、嬉しいんです。ありがとう」
このひとは、どうしてこういうことをさらっと言うのだろう。
どうして、隠していたことを暴くほどあたしをわかってくれるのだろう。
どうして、あたしの心をきゅんとさせるのだろう。
ずっと乙女心とは無縁で生きてきたあたしを、どうして乙女にさせようとするのだろう。
鉄仮面のくせに。
人前にはいつも同じ顔でいるのに、どうしてあたしにだけ……。
「ん?」
「あたしは……、衣里と食べますので!!」
線を引こうとしてもこれじゃあ、あたしが線を引けない。あたしは自らその線を踏み越えそうだ。
結城の悲しい叫びを聞いたのに、気づけば課長に吸い寄せられている。
やだよ、こんなのあたしじゃないよ。
課長を振り切るのに、こんなに疲れるなんて。
「衣里」
紅茶系のケーキを、満面の笑みで食べていた衣里を連れて休憩室に行く。