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いじっぱりなシークレットムーン
第7章 Waning moon
***
内線をかけるので力尽きてしまったようで、外線に切り替えて救急車を呼ぼうとしても、震える手は119の三つの番号を押せない。違う番号ばかり押してしまい、また最初からやり直す。
頭の中に満月がチカチカ光る。
「落ち着け、落ち着けあたし! 落ち着け」
泣きながら震える右手首を左手で掴んで、番号を押そうとしたあたしから受話器が取れ、突然ふわりといい香りに覆われた。
この匂いは……。
「救急車をお願いします。住所は……」
この声は……。
「……はい、意識はありません。嘔吐もないようで、脈はどちらも遅くて弱いです。汗をかいて熱は少しあるようですが、呼吸数は落ちています。はい、はい……」
課長だ。社長を触っている。
カタンと受話器が置かれる音がした。
「大丈夫。俺が来たから」
急いで駆け上がってきたのだろう、少しだけ荒い呼吸が感じられる。課長はあたしを胸に押しつけるように片手で抱いた。
あたしはカタカタ震えながら課長にしがみつく。
「しゃ、社長が……」
「うん」
怖い。
とにかく怖い。
「死んじゃったら……」
社長が死んでしまったらと思えば、喪ってしまうと思えば。
「大丈夫」
「でも……意識、なくて……」
「もう大丈夫だから、あなたも社長も。俺が傍に居るから」
まるで催眠術のように、課長の声はあたしの心に忍び込む。
大丈夫。課長が居るからあたしも社長も大丈夫。
「ありがとう……」
返事の代わりに頭を撫でられた。
「社長はどこか具合が悪かった?」
「聞いたことがないの。いつも元気で……」
――僕にもしものことがあったら、会社は睦月に継がせてくれ。
どきっとした。
――僕さ、もう長くないんだよ。
そんなはずがない。そんなはずが。
社長は元気だったのよ。
いつも飄々として、自由気ままで。
ムーンの時から寝てばかりで……。
モシモ、グアイワルイノヲカクスタメダッタラ?