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いじっぱりなシークレットムーン
第7章 Waning moon
「どこか病院の指定はありますか?」
「彼の罹患歴がわからないので、ちょっとここで電話いいですか? 病気を知ってるかもしれないひとに連絡したいんで。そうしたら彼が通院したことがある病院に搬入して下さい」
課長はどこに電話をかけるのだろう。
「渉さん、朱羽です。突然すみません。月代社長が倒れたんですが、渉さんは社長の病気とか病院とか、ご存知ないですか?」
あたしは課長を見つめた。
「……わかりました。東大付属病院ですね」
険しい顔をして課長は電話を切ると、救急隊員に言った。
「東大付属病院へお願いします。知人の話では……セイソウシュヨウ。何年も通院し、手術歴もあるそうですので、病院側も受け入れてくれるかと」
「か、課長。セイソウシュヨウって?」
「精巣腫瘍。男性特有のがんです」
***
救急で搬送し、検査結果が出ずに待っている一秒が、一時間くらいに長く思える。目の前で泣きながら出て行く家族を何組か見て、不安を抱えたまま……今待合室にはあたし達しかいなくなった。
あたしの手が震えているため、課長があたしのスマホからふたりへLINEをしたが、結城はすぐこちらに向かうとのこと、衣里はどうしてもすぐには戻れないそうだ。課長は会社に連絡を入れるため、扉一枚で隔てられた一般外来受付の方に出て行った。
会社の危機と社長の危機。営業はまず仕事を優先しないといけないのはわかるけれど、結城と衣里という社長の近くに居て社長をよく知る人間がいないのが怖い。社長の記憶を明瞭にしておかないと、社長の灯火が消えそうで、とにかくこの待っている間が怖い。
すぐに課長が帰ってくる。
「温かいココア。まず落ち着いて。ここからは医師に頑張って貰うしかない。あなたが慌てても仕方がないことだ」
「……はい」
ココアの熱さが身体に染み渡る。
課長が居てくれてよかった。
あたしは狼狽するばかりで、なにも出来ないのだ。電話ひとつかけれない。情けない、情けなさ過ぎる。
喪うと思うと、なにも出来なくなる。
「――っと、朱羽!」
一般外来から扉を開けて、救急の待合室に飛び込んできたのは、宮坂専務だった。