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いじっぱりなシークレットムーン
第3章 Full Moon
 

 ***


「……っと、課長、お帰りで」


 目の前に、席にいないはずの課長がバチバチとパソコンのキーボードを叩いている。


「はい」


 返事はそれだけ。こちらを見向きもしない。眼鏡のレンズに画面の青白い光を反射させながら、机に積んだ青いファイルを傍に置いて、バチバチバチバチ、バチバチバチバチ。キーボードが壊れそう。

 凄いね、仕事の鬼って感じだけど、まだ仕事の説明、三分の一なんだけどね。なにここまで朝っぱらからバチバチすることがあるんだろうね。

 きっとあたしは眼中外なんだろう。

 いやまあ、仕事をしているんだろうから、あたしが文句言う筋合いがないことは重々承知の上で……。


 本当に昨夜寝ていなかったのかしら。

 眠そうな雰囲気がまったく感じないんだけれど。

 そう思いながらも、あたしに課せられた「資料室で起こして」ミッションは、彼が寝ていた場合であり、もしものIFの場合に過ぎないことに気づいて、なんだか脱力してため息が出てしまった。

 これからうまくできるのだろうか。

 この方、まるで協調性なさそうなんだけれど、あたし上司の教育係しないとだめなのかしら。


「おはようございます」


 あたしの後方から声がして、顔だけ振り向くと、衣里だった。

 挨拶はあたしに向けられたものではなかった。このまるで愛想っ気がない、あたしの上司に向けてだった。


 ああ、そういえば昨日彼女、いなかったんだっけ。結城から聞いたのかもしれない。
 
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