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いじっぱりなシークレットムーン
第7章 Waning moon

「今まで、実家に帰ったことはなかったんですか?」
「はい。高校卒業して東京の大学に進学したので、そこからずっと一人暮らしをして、実家に戻ってなかったんです」
「それはなぜ? ご両親は心配なされないので?」
「うち、放任主義なんで。それに嫌な思い出があるから、戻りたくなかったんです。故郷に居たくないから出たようなものなので」
「……帰り、実家に寄ってみますか?」
「いいえ、寄らなくて結構ですが……」
あたしは課長をじっと見た。
「課長に、お話があります」
切り出したことで、手が震える。
「どうしてもこのN県で、聞いて欲しい話があるので、帰りお時間……頂いてもいいですか? その後、切符を買いたいです」
声も震える。
「それは、私にとっていいことですか? 悪いこと?」
課長の目が細められ、顔が強ばっている。
「わかりません。あたしは課長の判断に従います。ですが……あたしにとっては、軽々しくひとには言えない話です。できれば言いたくない。だけど……、課長に聞いて貰いたい話なんです」
「……わかりました」
……賽は振られた。神のみぞ、未来を知る。
課長に受容して貰いたい――。
祈るようにして歩き出し、課長とタクシーに乗った。
***
新不知火温泉――。
ここ数年メディアで取り上げられることが多い、比較的新しい温泉で、肌がすべすべになると評判の泉質は、女性から圧倒的な支持をうけているらしい。
打ち合わせがなかったら、日帰り温泉にでも入りたいが、そんなことを言っていては社会人失格だ。
目的の「やじまホテル」は不知火温泉郷を横目に、山を登っていく。高台からの眺望が素晴らしいホテルらしい。
山の天気は移ろいやすい。今にも雨が降りそうな薄暗い天候の中、タクシーは目的地に到着した。
タクシーを迎える車寄せ部分は格式高そうな和の趣がある。ネットで調べた情報では、この奥に和と洋の部屋がある棟に別れるらしい。
「いらっしゃいませ」
旅客としては荷物がなく、身軽だけれどきっちりスーツ姿の二人連れは、着物に「やじまホテル」と背中に書かれた羽織を着た、にこやかな女性が迎えてくれた。

