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いじっぱりなシークレットムーン
第7章 Waning moon
 

「しまった、化粧ポーチは部屋に置いたバッグの中だ」

 髪を乾かして、下着の上に浴衣と羽織を着る。

 課長に見つからないように、こっそりと部屋に戻り、こっそりと化粧をしよう。

 更衣室の扉を開けると、男女共通の休憩スペースがある。柱の周りが椅子になっていて、ドリンクが自由に飲めるようになっている他、ちょっとしたゲームセンターもあり、パチスロをしているおじさま達の姿がちらちらと見える。

 今日の宿泊客で溢れ、ざわめくその場所を通り抜けて、宿泊棟へと続く出口を出ようとしたら、知らない声に呼び止められた。

「タオル落としましたよ?」

「あ、すみません」

 拾ってくれたのは、金髪頭で浴衣を着た若い男性だ。大学生くらいか。

 伸ばした手の上腕を握られた。

「きみは、日帰り予定だったの? それとも元々宿泊客?」

 ……そりゃあね、あたしはベビーフェイスかもしれないけど、初めて会ったこんなチャラチャラした若造に、慣れ慣れしく手を掴まれて、ため口きかれたくないわ。

 この手は掴んで下さいと伸ばしたものじゃなく、タオルを下さいと伸ばした手だ。そっちがその気なら――。

「……ナンパはお断りです。離さないなら、そのタオルはいりません。どうせここのホテルのものですから」

「つれないなあ、ちょっとお喋りしようよ。きみ女子大生? 高校生ってことはないよね?」

 腕を引いて、そのままずるずると連れ出そうとするから、あたしの堪忍袋の緒が切れそうになる。

「いい加減にしろ!」

「いぃぃぃぃぃ!?」


 男が変な声を出したのは、あたしの怒声ではない。すっと現れた浴衣姿の長身の男性に反対の腕を逆手とられていたからで、悲鳴を上げるほどの痛みから逃れるために自ずから身体を捻り、あたしの腕から手は外された。

 あたしを助けてくれた、この男性――

「え、と……課長?」

 しっとりと濡れた黒髪をした、眼鏡姿の……、

「なんで疑問系なんだ」

 香月課長らしい。

 
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