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いじっぱりなシークレットムーン
第3章 Full Moon
 

 ***


 資料室――。

 四つの部すべての関係書類を綴じた幅広の青いファイルが、コの字型の通路になるように設置された棚にびっしりと並べられている。

 IT会社の書類がいまだ紙というのが遅れているのではないかと、書類のデジタル化の方針が会議で決まったのは、シークレットムーンになってから。

 簡単にデジタル化といっても、それまでにするには人間の手が必要だ。本来仕事に向かうはずの労力を、未来に投資するようなもの。

 ムーン時代の大量の書類を、コピーをとるように一枚一枚スキャナに読み込んでデジタル化するのと、それを誰もが検索しやすいようにパソコン上できちんと区分けして保存するのがかなり時間と手間がかかるのと、回覧や重役の決裁にはやはり紙と印判のスタイルを崩せなかったため、完全デジタル化までの道は遠い。

 そう、そのデジタル化の労力を怠ったために、あたしはコの字型の奥、ここで死んでいてもすぐには見つからないような、一応閲覧席としてもうけられていた小さな机に、香月課長と並んでパイプ椅子に座る羽目に陥っている。

 資料室は基本人がいない。該当ファイルを席に持っていく人がほとんどだから、ここに複数の人間が閲覧している可能性はきわめて異例なこと。

 ああ、満月も近いし、ふたりきりの残業を回避したはずなのに、昨日より距離が縮まった場所でふたりきり。

 な ぜ こ う な っ た!

 あたしと課長の距離はわずか二十センチ。左に座るあたしが目一杯左端に寄った結果がそれである。もし彼が右の壁に身体をつけてくれたら三十二センチは開くのに!!

 不幸中の幸いは、この部屋には窓がないことだ。

 こんな距離でいることにあたしが耐えようと思うのは、あたしを惑わせるあの月が見えないから不埒なことにならないと思えるからだ。

 たとえこんなふたりきりのみつかりにくい場所でも、月がなければ上司と部下で最後までいれる。こんな横暴上司に欲情などするものか。

 昨日のあれはこの課長のフェロモンにやられたのではなく、あの中坊とは思えぬ華麗なるテクを思い出したからでもなく、月の魔力のせいだから!

 月が見えないのなら、さっさと今日の分終わらせて帰る。楽しい楽しい同期会するんだもん!
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