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いじっぱりなシークレットムーン
第8章 Blue Moon

「今は落ち着いているっす。人工呼吸にしたら最期だって真下さんは泣いて拒んでたんっすが、回復させるための処置だと言われ、数値的には安定はしてきてるみたいっすが、峠が今夜なのはまだ変わらないから、覚悟だけしていてくれって」
あたしの顔が引き締まった。
「今、木島くんの他に誰かいるの? 衣里だけ?」
「十分前くらいに、営業の合間に寄られた結城さんがついてるっす。宮坂専務も来たっすが、会議があるからとちょっと前に帰られたっす。ちょっと今、お湯を沸かしますから、先に中にどうぞ。温かいお茶入れるっす! 吾川さんから貰ったお菓子もつけるっす!」
おお、至れり尽くせりの木島くん。
もしかして、あたしより女子力高いのかもしれない。
「木島マネージャー、ありがとっす」
「どう致しまして……って、あれ?」
首を傾げる木島くんの横を擦り抜けて、社長の下に行く。
「雅さん、ねぇ戻ってきてよ、雅さん」
衣里の悲痛な鳴声が響き渡っている。
社長を挟んで両側に、衣里と結城が居た。
以前のように管と機械をつけられて、ベッドに横たわる社長――。
顔色は紫色に近く、それだけでもう唇が戦慄く。さらに今は……社長の喉奥へと差し込まれた人工呼吸器がつけられており、その痛々しさに涙が出てくる。
「遅くなった! 今帰った!」
衣里の傍に駆け寄ると、泣き腫らした顔をした衣里があたしを見た。
「陽菜、陽菜~っ!!」
衣里あたしに抱きついてきて、声をあげて泣いた。あたしも涙を流して衣里を抱きしめる。
「雅さんが、雅さんがっ」
社長と呼んでいないところに、彼女なりの動揺を感じた。
「大丈夫だよ、衣里。社長は強いんだから。だから、絶対また帰ってくる。衣里を残して逝っちゃわないから!」
「……陽菜っ」
「だから、だから。衣里、頑張ろう。諦めないで。ね?」
「う、うん、うんっ、私も……諦め、ないっ」
こんな末期患者のように様々な器具により"生かされている"凄惨な場面を見せられて、それでも大丈夫だと信じられる人間はいるのだろうか。
信じたいと思う心は、視覚が伝える現実に呑み込まれて行きそうだ。

