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いじっぱりなシークレットムーン
第3章 Full Moon
「陽菜、ここ!?」
現実に返ったあたしがその声に返事をすると、彼は何もなかったかのように突然に立ち上がり言った。
「もう残業はいりません。だからそうやって警戒しないで結構です、私はなにもしませんので。営業の要を巻き込むのはやめて下さい」
わかられていたらしい。
それを語る彼の表情は、どこにも先ほどまでの苦しげなものがなかった。
彼の感情がなにも見えない、鉄面皮なものに戻っている。
「だけど仕事……」
「必要ありません。昨日ここの資料は大体読みましたから」
「はい!?」
「あなたが先に帰った後、ずっと読んでました。そんなことでもして気を紛らわせていないと、やってられませんでしたので。だけど結局、家に帰ったら眠ることができなかった」
怒りを含んだ切ない声に、ただ見ているしかあたしは出来なかった。
「陽菜~、探したんだよ!! って、香月課長!?」
「残業は終わりです。楽しんできて下さい、同期会」
いつものような氷の笑いを見せると、香月課長は資料室から出て行った。
――警戒しないで結構です。
ねぇ。
――残業は必要ありません。
なんで必要ない残業を、ここでしようと思ったの?
――……ひとが、信じられなくなりました。
それは、九年前の……あたしのせい?
あたしが逃げてしまったから?
それだけで?
――あなたにとって、俺は過ち?
胸がズキズキ痛む。
――俺は……。
「大丈夫、陽菜。なんで泣いてるの!?」
「わからない。わからないけど……」
彼がいなくなった途端――、
あたしがこの九年、彼とのことを黒歴史として忘れ去って生きてきたことが無性に恥ずかしい気がして、そして彼が去ったことに悲しい気分になったんだ。