この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
いじっぱりなシークレットムーン
第8章 Blue Moon
「いや、あたしこれから行くところが……」
「ああ、香月課長のお祝いですか? 今日お誕生日でしたものね」
千絵ちゃんの目があたしの持つケーキの入った袋に注がれている。
……なんで千絵ちゃんまで知っているのに、あたしは知らなかったんだ。
「そういうわけじゃないけど、お客さんのところにいかないと駄目で」
「じゃあ立ち話にしましょう。ね、お兄様」
「だから、もう行かなきゃ……」
喋りたくないんだよ、あたしを朱羽のところに行かせてくれよ!!
「ふふふ、やじまホテルお仕事取ったんですってねぇ。向島がずっと目をつけていたのに、よくあの頑固な女社長落とせましたね」
じっと、怖いくらい暗澹とした黒い瞳があたしを向いている。
このひと、嫌だ。あたしが喋りにくいタイプだ。
「プログラムも完成したんですって? おめでとうごさいます」
「……なんでうちのことをよく知ってるの?」
「なんででしょうね? もしかしてスパイがいるかもしれませんよ?」
「……。そうやって不安を煽ろうとしているんだろうけれど、その手には乗らないわよ。千絵ちゃん、そして向島専務。負けませんから」
専務の射るような黒い瞳が、あたしを見て細められた。
「向島がシークレットムーンを買収する」
それはもう決定事項のように。
「そうはさせません。戦わせて頂きます」
営業モードを強くした顔で笑みを作る。
「あたし達を見くびらないで下さい」
その時、スマホにセットしていた七時のアラームが鳴ってしまった。
「仕事がありますので、あたしはこれで。出来れば、もうお会いしないで、手を引いて下されば嬉しいですけれど」
「愚問」
専務の声に、背筋がぞくぞくする。
このひと、本当に怖いタイプだ。
「じゃあ鹿沼主任、また来週お会いしましょう!」
千絵ちゃんの声に振り向かずに、あたしは走り去る。
背後からのあの専務のオーラを感じて悪寒に震えた。
ホテルまでもう少しというところでぽつぽつと雨が降り、さらには躓いて転んでしまった。
ケーキを庇おうとして、服が泥水に汚れてしまう。ポケットから出たスマホの画面にヒビが入り、その上を勢いを増した雨が降り注ぐ。
慌ててスマホを弄ったが、電源がつかない。
やばっ、壊れちゃった。