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いじっぱりなシークレットムーン
第8章 Blue Moon
 

「いや、あたしこれから行くところが……」

「ああ、香月課長のお祝いですか? 今日お誕生日でしたものね」

 千絵ちゃんの目があたしの持つケーキの入った袋に注がれている。

 ……なんで千絵ちゃんまで知っているのに、あたしは知らなかったんだ。

「そういうわけじゃないけど、お客さんのところにいかないと駄目で」

「じゃあ立ち話にしましょう。ね、お兄様」

「だから、もう行かなきゃ……」

 喋りたくないんだよ、あたしを朱羽のところに行かせてくれよ!!

「ふふふ、やじまホテルお仕事取ったんですってねぇ。向島がずっと目をつけていたのに、よくあの頑固な女社長落とせましたね」

 じっと、怖いくらい暗澹とした黒い瞳があたしを向いている。

 このひと、嫌だ。あたしが喋りにくいタイプだ。

「プログラムも完成したんですって? おめでとうごさいます」

「……なんでうちのことをよく知ってるの?」

「なんででしょうね? もしかしてスパイがいるかもしれませんよ?」

「……。そうやって不安を煽ろうとしているんだろうけれど、その手には乗らないわよ。千絵ちゃん、そして向島専務。負けませんから」

 専務の射るような黒い瞳が、あたしを見て細められた。

「向島がシークレットムーンを買収する」

 それはもう決定事項のように。

「そうはさせません。戦わせて頂きます」

 営業モードを強くした顔で笑みを作る。

「あたし達を見くびらないで下さい」


 その時、スマホにセットしていた七時のアラームが鳴ってしまった。


「仕事がありますので、あたしはこれで。出来れば、もうお会いしないで、手を引いて下されば嬉しいですけれど」

「愚問」

 専務の声に、背筋がぞくぞくする。

 このひと、本当に怖いタイプだ。 

「じゃあ鹿沼主任、また来週お会いしましょう!」

 千絵ちゃんの声に振り向かずに、あたしは走り去る。

 背後からのあの専務のオーラを感じて悪寒に震えた。

 ホテルまでもう少しというところでぽつぽつと雨が降り、さらには躓いて転んでしまった。

 ケーキを庇おうとして、服が泥水に汚れてしまう。ポケットから出たスマホの画面にヒビが入り、その上を勢いを増した雨が降り注ぐ。

 慌ててスマホを弄ったが、電源がつかない。

 やばっ、壊れちゃった。
 
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