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いじっぱりなシークレットムーン
第3章 Full Moon
 

 衣里が背中をつねってきた。ばんばん叩いていたのは、こういう状況になることを見越してのことだったのか。ほら見なさい、と言わんばかりのつねり方だ。


「どうでしょう、私も社長から頂いたタクシーチケット三枚あるんですが、それを使うのは」

「でもこれは結城……営業課長から」


 反論を試みた衣里を、香月課長は一蹴した。


「真下さんのそれは、こっそり違う機会に使われては?」

「え?」

「この会社では、チケット精算はそのまま経理に行き、上司への報告義務はない。だったら私黙ってますから、真下さんのお好きな時にお使い下さい」


 衣里に向けられた悪魔の誘惑――。

 しかし入って二日目、今日はずっと打ち合わせばかりしていたくせに、事務的なことをどこから教わっているんだ。あたしは教えてないぞ!


「それに、ここから葛西付近には結構お金がかかる。営業もチケット使用の上限があるんでしょう?」

 タクシーチケット三枚で、15,000円までの走行が無料になる。

 衣里の手の動きが止まったのは、結城に許可されているチケット枚数が、それより少なかったからだろうか。


 そして。


 あたし達は相乗りして帰ることになった。

 助手席に課長、後ろにあたしと衣里が乗り、あたしは課長と衣里の後でと言っているのに、課長はあたしと衣里が先だと、衣里は課長とあたしが先だと言い張り、結局じゃんけんで、あたし→課長→衣里になった。

 途中衣里のスマホがチカチカして、衣里がなにやら文字でやりとりしていたが、やがて怒るようにして電源を落とした。


「ちょっと面白そうだから協力してみたらいい気になって、あの酔っ払い!」


 衣里が早口でそう言った直後、今度はあたしに電話がかかってきた。

 画面を見ると結城の名前だ。


「結城からだ」

「ぶっ!!」


 衣里がなぜか吹き出した。

 
「陽菜、無視無視! あとでハートマークだらけのLINE入れとけ」

「だけど、なにか急用かも……」

「ないない!」

「なんで衣里が断言を……」


「鹿沼主任、電話貸して下さい」


 助手席から、静かな声がした。
 
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