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いじっぱりなシークレットムーン
第9章 Lovely Moon
下腕を上向きにしてカフスボタンをとめ、背広を着た朱羽は、妖艶さを潜めて理知的でクールな上司の顔になる。
瞳から熱情を抑えて冷ややかなものになるから、あたしを求めてくれた情欲がなくなったようで寂しい気もするけれど、どこまでも掴めないこの……ミステリアスにも思える美貌の男に愛されていると思うと、やけに胸の鼓動が高鳴る。
なんであたしなのかわからない。
数多く美人がいる中で、選り取り見取りの環境にあるのに、朱羽は再会してもあたしだけにまっすぐ手を差し伸べてくれた。
最初の残業の時にキスをするところを遮った結城からの電話や、歓迎会の時にあんなに必死にあたしの手を握って結城と抜けることを止めたり、満月が明けた朝あたしのマンションの前で、バルガーのプリンを持って待っていたりした朱羽は、どんな気持ちでいたのだろう。
最初あたしは朱羽の本音がわからず怖かった。逃げたかった。
衣里や結城に逃げ込むあたしの態度は、恐らく朱羽を傷つけただろう。
それでもあたしは、朱羽に惹かれていた。
そんなあたしの手を引き、あたしの過去を克服させてくれたのは朱羽だ。
結城の話を聞いてやれとあたしの背中を押して、結城を嫌わない今がある。あたしは喪ったものも多かったけれど、それでも満たされたものも多かった。
それはすべて、結城と……あたしにとっては突然に現われたこのひとのおかげだ。
香月朱羽があたしを強くさせてくれた。
彼に永遠にしたい愛を教えて貰った。
「ん、どうした?」
聡い彼はあたしを助けてくれるけれど、あたしだって彼の力になりたい。
マンションに彼が囚われていると行った彼の様子は、冗談に思えなかった。彼はきっとなにかに縛られている。
強靱な精神を持つ彼を悩ますほどのなにかを。
「朱羽……、あなたのことを凄く知りたい」
今の大人びた姿は、朱羽というより香月課長と呼んだ方がいいのかもしれないけれど、それでもあたしはあえて名前で呼ぶ。
何度もこの姿で、あたしに名前を呼ばせようとしたから。
ふたりの時くらいは、思い切り。
「なに、まだ足りないの?」
レンズ越し、朱羽の目が柔らかく細められる。
「そうじゃなく……朱羽が悩んでいることとか、あたしに話してね。あたし全力で朱羽を助けたいと思う」