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いじっぱりなシークレットムーン
第9章 Lovely Moon
 

「ID聞けばいいでしょ? もったいぶらないで教えたのに」

 朱羽がLINEをしたがっているとは思わなかった。だけど確かに結城や衣里とLINEしている時、じっと見ていた。あの時、いいなとか思っていたのか。

「ナンパとか思われるの嫌で。そういう男、軽蔑されそうだし。他の女にそんなこと聞いたこともなかったし、さりげなくどうすれば聞けるんだろうとか……、どうすれば連絡できるだろうとか……」

「ぶぶっ」

「吹き出すなよ、俺あなたに嫌われたくなくて必死なんだ」

 レンズをきらんとしていた上司が、こんなに愛(う)い奴だったとは。

「朱羽、女慣れしていないというより、考え方が硬派だよね。だけど朱羽らしい。これあたしのID。専務とLINEしてる?」

「うん。大体はわかる。……よし、繋がった」

 あたしはスタンプの中で、ウサギが真っ赤になってもじもじしながらハートを差し出し"大好き"と書かれたスタンプを送った。

 すると朱羽は口元に手をあてて真っ赤になった。

「ごめん……今見ないで。俺やばいから」

「え?」

「いやその……嬉しくて」

 朱羽は背中を向けてしまった。

 ……オトメか!!


 スタンプひとつで喜ぶ朱羽を見て、朱羽から送られてきた『愛してます』と花束を差し出した猫のスタンプを見たあたしも、朱羽みたいに嬉しくてたまらなくなってしまい、背中合わせでひとり悶えた。





 外は快晴で、昨日の雨がなぜ降ったのかよくわからない。

 本当に秋の気候は気まぐれで、晴れているのにうすら寒くなる放射冷却といい、あたし以上にへそ曲がりだ。

 朱羽はトレンチコートを身につけた。裾を翻しながら颯爽と歩く様は男らしい。朱羽が左側なのは、そちらが車道だからだ。

 ドライヤーで乾かしたあたしのコートはもう完全に乾いてはいたが、思わず外気にぶるっと震えてしまったら、朱羽が繋いだ左手ごと、朱羽のコートの右ポケットに入れた。

 さらっと。あたしの中に隠れていた乙女心を刺激するようなことを、本当にさらっとする。

 レディーファーストが板についているのは、外国暮らしをしていたせいか。それでも朱羽から漂う優雅さを思えば、こういう男なのかもしれない。
 
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