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いじっぱりなシークレットムーン
第9章 Lovely Moon
 

「千絵ちゃん……」

「……その服、とてもお似合いです。私も……こんなブランドではなく、私に似合う服が欲しかった。主任と、スイーツまた食べたかった……」

「……っ」

「……兄は最初からああではありませんでした。三年前、結婚したいひとを失ってから暴力的に。だから……そこらへんが、兄の弱点になるかと。それと香月課長に。机の裏とお伝え下さい。……では」

 震える声でそう言い、ぺこんと頭を下げて千絵ちゃんはいなくなる。

 あたしは、千絵ちゃんの席に座り、頭を抱え込んだ。

「なんであたし、千絵ちゃんの境遇に気づいてあげられなかったんだろう」

 きっとシークレットムーンにいる時からなのだろう。

――主任~。

 あの笑いが彼女の防護壁だったんだ。

 彼女が彼氏と別れたと言った時、もしかすると別れさせられていたのかもしれない。彼女のハジメテがあの向島専務であったのだとしたら、彼の威力はきっと彼女の恋愛すら破壊しそうな気がしたから。

――三年前、結婚したいひとを失ってから暴力的に。だから……そこらへんが、兄の弱点になるかと。

 今思えば、色々と不穏なことしか思い浮かばないけれど、それでもあたしと千絵ちゃんは、美味しいケーキを食べに行った仲ではあったのだと思うと、悲しくてたまらない。

――主任と、スイーツまた食べたかった……。

 過去のことを話す気はなかった。なかったけれど、彼女の笑いの奥の悲痛なものを感じて、言わずにはいられなかった。

 もしかするとそれを、千絵ちゃんによって掲示板やSNSで流布されるかもしれない。

 だけど、ひとりだと泣いている千絵ちゃんをわかってあげられるのは、きっとあたししかないと思ったから。

 過去を告白することが、あたしにとって精一杯彼女に出来たことだったから。

 あたしが幸せそうであるのなら、彼女だって幸せになれるはず。家族に穢されたから幸せになれないなんて、そんなことありえない。

 苦しんだ分、帳消しになるような幸せがくるとあたしは信じたい。

 彼女の生き方に口出しは出来ないけれど、あたしは千絵ちゃんがひとりではないと理解してくれることを、願うしかできない。

 離れてしまった彼女に、どうか誰か手を差し伸べて欲しい――。


 朱羽が手を伸ばしてあたしの頭を撫でた。

「……よく頑張ったね。……お疲れ様」

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