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ホントの唄(仮題)
第6章 急かされて旅立つ
太田と電話で話していた内容や、会社の内情についての詳しい部分は彼女には話していない。それでも真なりに、俺の心情を察しているようだ。写真を撮られたことで自分の方が不安に苛まれていても、俺の立場を気遣ってくれている。だが――
俺は一体、何様のつもりなのか……?
ふと自問する。
俺はこのたった数日間で築いた、真との関係の中に何かを見出そうとするのならば、それはあまりにも滑稽であろう。自分の職すら儘ならない中年男が、眩く輝く光に当てられ分不相応な夢に胸を躍らせているなんて。そもそも、この突飛で歪な物語に真っ当な結末などない。そんなこと初めから、百も千も承知だっただろうが……。
だから俺は、その神々しいまでに魅惑的な果実を、口にすることを拒もうとした。その判断は至極、正しい。味わってしまったが最後、俺はその味を一生忘れることなく、残りの人生を想い出に浸って過ごすのであろう。
それを惨めと思い、俺はとても怖かった。
その前提に立ちかえれば、何も悩む必要なんて皆無。俺は太田に従い会社に戻り、真にも騒ぎがこれ以上加熱する前に、在るべき場所に帰ってもらうしかない。今なら真だって素直に従うだろう。俺なんかと一緒に時を潰すより、その方がよっぽど彼女の為なのだ。
真はそんな俺に失望するだろうが、それは仕方がないことと受け止めるしかない。どの道、俺が彼女の力になるなど、土台無理な話だった。初めから、その程度の男である。それなのに今更、そんな自分に何を期待できようか。
只、元に戻すだけ。それが悪いなんて、誰も言いはしないさ……。