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ホントの唄(仮題)
第1章 一人と一人
「……」
俺はジロリと、訝しげな視線を差し向けた。女は口元に笑みを浮かべたままだが、その瞳は何やら企んでいる御様子。俺はそんな意図を、即座に見抜いた。
四十男を、あまり舐めてくれるなよ――である。
今は独り身の俺ではあっても、当然ながら女という生き物については一定以上に熟知しているつもりだ。そしてこの女が今、善からぬことを考えていることぐらい一目でわかる。
女は軽装であり、見た処何も所持してはいない。腹を空かして動けなくなっていたことから、財布や携帯すら持ち合わせてはいないのだ。
すなわち女は、牛丼を奢らせただけでは飽き足らず、更に俺から金銭をせしめようとしている。少なくともタクシー代か、ホテルの宿泊費を充当しようとする腹積もりだ。
女がそんな状況に陥っていることに、同情を寄せる義理など最早ありはしない。事情を訊ねている俺に対して、はぐらかしたのは彼女の方なのだ。
つまり、これ以上の不深入りは無用。
「さてと、そろそろ帰らないとな」
俺は明後日の方向を見て独り言のように言うと、伝票を手にそそくさと席を立った。