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砂の人形
第3章 過去の残り火
北の肥沃な大地を治めるルニルカンは、その広大な土地を五つに分割し、中央を国王が、残る四つの地域を四人の優秀な王子が統括している。第二離宮域と呼ばれる西方の土地を担うのは、第三王子のペテ様。年は十二、三上だったかしら。男性にしては丸みを帯びた、人懐っこい目をした方……彼が、私の婚約者。
出自が悪く、後宮では村八分。意地悪されるのが怖くて社交界にも出席せず、死亡説まで流れていた、そんな私に、彼のような偉い人から声がかかるなんてありえなかった。でも、テルベーザが全部変えてくれたの。私にはなんの力もなかったけど、彼がある日突然現れて、少しずつ変えてくれた。私の立場も。私の心も。いろんなことを。
初めて会った時のことをよく覚えている。まだ日の光が残る夕方、バルコニーから聞こえた物音で目が覚めた。時々、義母様たちの侍女や騎士が嫌がらせに来るから……不安で、寝台の上で丸まっていた。喉が強張って息ができなかった。辺りはとても静かだった。けど、何かが近づいてきているのは確かに感じられた。窓に垂らした日除け布を手繰り寄せる気配。床の上を擦るような足音。押し殺した呼吸。砂の焼けたにおい。
どうすることもできない私に、あなたの大きな手が触れた。私の口をふさいで。手首を乱暴掴んでから、何かに驚いたようだった。すぐに手を離して、顔にかかった私の髪をかきあげる。嫌がらせなら、今度こそお父様に言いつけてやろうと思って、気後れを隠して彼を睨みつけた。
見慣れない黒い衣裳の男の人だった。瑪瑙みたいなくすんだ瞳が謎めいていて目を引く。表情はよく分からない。彼は目の周り以外を黄色い布で覆っていたから。
その布の向こうで、彼が何か呟いた。聞き取れなかった。そして彼は、私の体の上に倒れ込んできた。
「何を……!」
叫びかけてやめた。彼は私の口から手を離している。ただ力無く、倒れ伏していただけだった。
「……どうしよう」
彼の名前はテルベーザ。姓はなし。砂漠を放浪する盗賊で、仲間とは手を切り一人で彷徨っていた。とても飢えていた。そして宝物を探して後宮に忍び込んだ……呼びつけたお医者様が聞き出せたのは、その程度の話だった。それを聞いて、お父様は私に言った。彼なら、私の騎士にぴったりだと。
出自が悪く、後宮では村八分。意地悪されるのが怖くて社交界にも出席せず、死亡説まで流れていた、そんな私に、彼のような偉い人から声がかかるなんてありえなかった。でも、テルベーザが全部変えてくれたの。私にはなんの力もなかったけど、彼がある日突然現れて、少しずつ変えてくれた。私の立場も。私の心も。いろんなことを。
初めて会った時のことをよく覚えている。まだ日の光が残る夕方、バルコニーから聞こえた物音で目が覚めた。時々、義母様たちの侍女や騎士が嫌がらせに来るから……不安で、寝台の上で丸まっていた。喉が強張って息ができなかった。辺りはとても静かだった。けど、何かが近づいてきているのは確かに感じられた。窓に垂らした日除け布を手繰り寄せる気配。床の上を擦るような足音。押し殺した呼吸。砂の焼けたにおい。
どうすることもできない私に、あなたの大きな手が触れた。私の口をふさいで。手首を乱暴掴んでから、何かに驚いたようだった。すぐに手を離して、顔にかかった私の髪をかきあげる。嫌がらせなら、今度こそお父様に言いつけてやろうと思って、気後れを隠して彼を睨みつけた。
見慣れない黒い衣裳の男の人だった。瑪瑙みたいなくすんだ瞳が謎めいていて目を引く。表情はよく分からない。彼は目の周り以外を黄色い布で覆っていたから。
その布の向こうで、彼が何か呟いた。聞き取れなかった。そして彼は、私の体の上に倒れ込んできた。
「何を……!」
叫びかけてやめた。彼は私の口から手を離している。ただ力無く、倒れ伏していただけだった。
「……どうしよう」
彼の名前はテルベーザ。姓はなし。砂漠を放浪する盗賊で、仲間とは手を切り一人で彷徨っていた。とても飢えていた。そして宝物を探して後宮に忍び込んだ……呼びつけたお医者様が聞き出せたのは、その程度の話だった。それを聞いて、お父様は私に言った。彼なら、私の騎士にぴったりだと。