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潮騒
第16章 再会の夜 ー上げ潮ー
心地よい倦怠感の中、正一郎の大きな手が、汗で額に張り付いた菊乃の髪を梳く。

「…なぁ、正一郎さん…」

「あ?」

「…うちのこと、好き?」

結婚してからは、ずっと自分のことを私、と言ってきた。昔から使っている、うちという一人称は、どこか幼いような気がした。ずっと、背伸びをしてきた。
正一郎に見合う妻であらねばと。
誰にいびられても、決して涙は見せぬ。
強い母でありたかった。
そう思ってきた。

でも。
二年振りに正一郎に抱かれ、そんな虚勢が、どこか虚しくなった。これからは、己に素直に生きていこう。
人生など、どこでどうなるか、一寸先もわからないのだ。ならば、これからは、一日一日を、悔いのないように生きていこう。

戦争を乗り越えて助かった命、助けられた命。
頂いた時間を、無為に過ごす訳には、行かない…

だから、今まで聞いたことのない、正一郎の気持ちも、言葉で確かめてみよう。初めて、そう思った。

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