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潮騒
第17章 終章 ー凪ー
啓三も小学校に入学し、郁男は小学校四年生になった。
幼い頃から四つも上の兄の授業を聞いて過ごした啓三は、入学する頃には漢字で自分の名前も書けたし、計算も得意で、成績はいつも一番だった。
一度などは、学校から持ち帰った宿題を前に、悩んで腕を組み、鉛筆を鼻の下に挟んで唸る郁男のノートをチラッと見て、

「なんや、兄貴。そんな問題もわからんのか?お前授業中何しよるんや。寝とんか?」

と莫迦にして郁男を憤慨させた。

この年、耕太郎が亡くなる。齢九十を超える大往生だった。

終戦から五年。
どうしても女の子がほしいという正一郎の為に、大阪の戦災孤児を集めた施設から女の子を引き取った。

昭和二十年生まれで、空襲で産院から看護師に抱かれて防空壕に避難したが、親とそこではぐれてしまい、産院も焼けて患者の身元もわからなくなり、結局親の消息が不明なのだそうだ。

五月生まれで『皐月』と名付けられたその少女は、施設で「里親が見つかった」とは言われず、「はぐれた親が生きていた」と言われたようで、迎えに行った正一郎にも、初めて会う菊乃や二人の兄にも全く物怖じすることなく、

「お母ちゃん、お兄ちゃん!ただいま!」

と話しかけ、郁男と啓三が面食らうほど明るくお転婆な女の子だった。
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