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潮騒
第9章 正一郎 不在の夏 ー大時化ー
待っとけ婆ァ!見たことないくらいデカいヤツ獲ってきたらァ!心の中で独りごち、勇んで家を出た菊乃であったが、浜に向かう内に少し心配にもなる。

いつも行く穴場は潮の流れもキツイし、あまり人が来ない。
常と違う今の身体で、そんなところにいって波に呑まれでもしたら、浮かび上がれず人の目に付かぬまま、変わり果てた姿で浜に打ち上げられるやも知れぬ。
そこまで想像して、縁起でもない、とぶるぶるとかぶりを振る。

あの家で、私が死んで悲しむ者は少ないだろう。
今なら正一郎が泣いてくれるかも知れぬが、そんな事になったら、あのヨシのことだ、正一郎や村の者には、

「私は止めたんやで?せやけどあの子がどうしても行くって聞かんでなぁ…」

と泣き崩れる芝居くらいは打つだろう。
死人に口無し、取り繕いなら後から幾らでもできる。
結果、自身が馬鹿な嫁の烙印を押されるのが目に見えるようだった。



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