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いとかなし
第17章 まよいそめし ちぎりおもうが
「ただいま…」

「っ!おかえりなさい…」

いつの間にそんなに時間が経っていたのか。

時計を見れば11時を回っていて、それでも普段よりずっと早い帰りだった。

「何かあったんですか?」

尋ねておいて失言だったかと口を覆ったけれど、言葉は取り消せない。

「いや…早めに切り上げただけ」

隣で同じ様にコップに水を汲んで飲み干す。

上下する喉仏が、色っぽい。

大きなその手も、長く骨ばった指も、厚い胸板も…もうどれくらい触れていないのだろう。

触れたい。

その衝動に糸は狼狽えた。

さっきまで賢都を想っていたのに、今目の前に居る啓司を欲しいと思う浅ましさ。

くっと下唇を噛んで、おやすみなさいと呟いてその場から逃げる様に身を翻した。
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