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kiss
第13章 arm

 あ。
 そうか。
 割れたグラスが二つ。
 毒リンゴは、半分赤くて、半分黒かったんじゃなかったか。
「間違えた……」
 涙が視界を覆っていく。
「お、おい! 泣くなよ」
 鼻水も垂れてくる。
 力なくそれを眺める。
 なんてバカなんだ。
 死ぬことすら失敗して。
 滑稽にもほどがある。
 なんで、口にくわえて銃を撃つ方を選ばなかったかな。
 ジュリエットに酔ってたのか。
 くそ。
 だせえ。

「だから、泣くなって。颯」

 優しい笑顔。
 翡翠のチョーカーと、包帯。
 隣のベッドで。
「へ……」
 間抜けな声。
「じゃ、出てるから」
 そういい残して、侑都は意味ありげに奈津にウインクすると出ていった。
 扉が閉まる音が響く。
 カチカチ。
 秒針が回ってる。
「どういうことだよ、奈津」
 だって、確かに奈津の瞼を閉じて……
「うん。俺天国見てきたからさ、また颯に会えるなんて思ってもいなかったよ」
「んだよ、それ」
「臨死体験、なのかな」
 曖昧に。
 だってそうだ。
 生きてるはずがない二人が、どうしてはっきり話せようか。
「あ、聞いたんだけどね。他の二人は亡くなったみたい」
 さらりと。
 ご主人様が死んだ。
「そうか」
 向かい合ったまま沈黙。
 おかしい。
 こんなのありえない。
 そんな言葉ばかりぐるぐる。
「手術したのか」
「うん。あ、そうそう。手術されてる俺を上から眺めてたんだよ」
 つい笑いが洩れる。
「なんだそれ」
「俺も思ってた。なんだこれって」
 あーもう。
 ひどいシナリオだな。
 自嘲気味に肩を震わせる。
「生きてるね」
「……そうだな」
「颯、俺が死んだと思って死のうとしたんだって?」
「聞いたのか!」
「良かった。口にくわえて銃を撃つとかじゃなくて。颯って意外とロミジュリとか好きなの?」
「ちがっ」
「ありがと」
 うわ。
 顔見れない。
 なんて恥ずかしい。
 こんな会話あの世まで持ってくつもりだったのに。
「颯、元気?」
 答える前に、手招きされる。
 素直にベッドから降りて、奈津に近づいた。
「キスして」
「ばっ、なに?」
「そしたら、また麻雀してやるから」
「やりたいだけじゃん」
 ふふ、と。
 いいよ。
 ハッピーエンドにしたいから。
 だから、そしたら……

 もっかい、デートしよう。
 今度は心から楽しめるからさ。
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