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kiss
第13章 arm
 それが最後の言葉になるなんて、思いもしなかっただろ。
 目にかかった黒髪を指で整えてやる。
 賭博で生計なんざ立てるから。
 ご主人様の店で相当飛ばしたのが、あんたの運のつきだったんだ。
 固まった瞼を閉じさせる。
 光のない瞳を隠して。
「ばあか」
 なあ、神様。
 おれは本当にバカだな。
 たった一日。
 たったそれだけだったじゃないか。
 短すぎる幸福。
 なあ。
 贅沢だったかな。
 腕を伸ばして、カウンターに置いてあるグラスを掴み取る。
 本当は、乾杯したかったよ。
 奈津。
 涙が落ちる。
 泡立つ液面に。
 白雪姫もさ。
 楽になりたかったから、食べたんだろ。
 あんな怪しい魔女のリンゴなんて。
 小人に囲まれる生活は、孤独だったから。
 だから、嫌いだ。
 あんな童話。
 冷たいジントニックを口に含んで、奈津の口に流し込む。
 飲み込むことのない唇から伝っていく。
 さっきの感覚を思い出したかったから。
 でも、もう、十分。
 グラスを傾けると、一気に飲み干した。
 ああ。
 さながらジュリエット。
 即効性があるから、酔いより早く死ねる。
 奈津の胸に倒れこむ。
「生まれ変わったら、鳥でも虫でもいいからさ。また、会おうな奈津」
 目を瞑る。
 なんだ、意外と。
 苦しまずに逝けそうだ。
 だったら、意地なんて張らなきゃ良かった。
 肺と心臓を撃たれて痛かったろ。
 ごめん、奈津。
 ごめん。
 ズズ、と力が抜けて動いた腿がグラスを倒して転がした。
 カラン。
 それきり無音に包まれた。





 誰かが乱暴に頭を揺さぶる。
 ぐらぐらとした衝撃。
「……い、颯! おいっ」
 侑都?
 頭が痛いんだから、やめろよ。
 視界が少しずつ明るくなる。
 世界が横長く現れた。
 目の前の侑都がホッとした顔で見つめてくる。
「え、侑都?」
「あああ、良かった。目覚めた! おい、萌未! 医者呼んでこい医者ぁ」
「うるさいし。わかってるし。颯、おはよ」
 ピンクのタンクトップ姿の萌未が隈のある疲れた目で微笑んだ。
 ここ、病院だ。
 てことは……
「奈津は!?」
 がばりと起き上がる。
 どこも痛くない。
 なんで……
 致死量じゃなかったとしても、後遺症ぐらい残ってるはずなのに。
「落ち着け」

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