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kiss
第2章 gloss
 辺りは暗くなっていた。
 忍の隣に横たわる。
 真っ赤な花が沢山散ったうなじに、また新しいのを足す。
 鬱血になるくらい。
 モゾと脚が動いたが、目を覚まさない。
 冷たくなる体の中で、オレは今朝の忍を思い出していた。
 玄関で悪態を吐きながら、フラついた時触れた腰を。
 柔らかな髪が揺れ、甘い香りがしたことを。
 伏せ目の時の長い睫毛。
 今は涙に沈んでいる。
 あんなに綺麗だった忍を、たった一日で穢してしまった罪悪感と優越感。
 細い体を抱く。
「忍……」
「ん?」
 起きていた。
 オレは少し怯む。
 しかし、忍は戻そうとしたオレの手に指を絡ませた。
「……なんだよ」
「いや、なんでもない」
「そうか? じゃあ、寝かせろ」
 オレは心臓がバクバクしていた。
 馬鹿らしいことかもしれないが、忍を抱いている時よりも、胸が騒いでいた。
 絡んだ指に狂わされる。
 オレは一睡も出来ないまま、忍が起きるのを待った。


 足音が遠ざかる。
 オレは目を開き、忍がキッチンに入るのを聞いた。
 ザーッと水音がする。
 フライパンを洗う音。
 床を拭く音。
 シャワーに入る音。
 少しずつ、少しずつ元に戻していく音。
 日常を。
 親友を。
 オレは壁を見たまま、聞いていた。
 忍はベッドにもたれると、ドライヤーを始めた。
 水滴がたまに飛んでくる。
 暖かい風も。
 ゴムで縛る。
 それからオレの上に被った布団を掴むとバサッと剥がした。
「起きろっ! てめぇはいつまで人のベッドに阿呆面かまして寝てる気だ、ああっ!? 大学の休みならバイトでもなんでもしてこいってんだよ!」
 オレは身を起こして忍を見つめる。
「つうか服着ろっ! そんなんだから風邪引いて頭おかしくなんだろうがっ!」
 顔に投げられた忍の服を手に取る。
 身長は近いが、ほっそりした身と同じでオレのよりも小さい。
「貸してやるから十秒で着替えろ」
 オレは肩をすくめて服を着る。
 やはり少しキツい。
 でも今は文句なんて言えない。
 言えるわけがない。
「今から買い物行ってくるからあとで三八〇円払えよ」
「……なんでだよ」
 忍はオレの声に一瞬ビクリとする。
 すぐに不機嫌な顔に戻って、玄関を開ける。
「てめぇが零したドレッシング、買い直しに行くんだよっ!」
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