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kiss
第16章 blood 未完

 だから僕は冬矢が嫌いだ。

 出会ったのは二か月前の、僕にとっては数時間前のような夜だった。
 やけに美味しそうな香りがしたから、信号待ちの背中の後ろについたんだ。焦げた大木みたいなロングコートに、撫でつけられた黒い髪、白い首から香る甘ったるい血の匂い。
 路地に入ればひと噛みしてしまえばいい。
 それで数年は飢えに苦しまなくていい、省エネルギーの身体に満足してきたつもりだった。だから、顔なんて見なければよかったんだ。
 顔を見たのが、過ちだった。
 声を聴いて、手遅れだった。
 目を合わせて、絶望した。
 ああ、なんて磁力に囚われたんだろうって。
 よりにもよって、物好きで孤独な男に。
「永夏。君にひとつ残酷な話をしようか」
 今から君に授業をするよという声で。
 僕は素直にソファに腰かけて、毛布に丸くくるまった。
 冬矢は隣に腰かけて、それが当然というように肩に腕を回して抱き寄せた。
「この世界は百年で大きく進化した。今は懐古主義で街並みは古臭いけど、リモコンなんて化石をまだ使って、映画館なんて効率の悪いものが蔓延っているけどね。未成年の身体を、どこでもいい、指の一本でも切り落とせばわかる。純粋な肉片だけじゃない機械に融合した断面がよく見える。寿命を長引かせるために、労働力を失わないために必死に縋った結果だ」
 五本の指を広げ、ライトにかざした冬矢が声を落とす。
「君らが食べてきた肉体は段々と技術に侵され始めてる」
「そんなことを僕が知らないとでも?」
「動物の血で代替できるなら問題ない。でもそうじゃないだろ。永遠に見えた将来がすぐそこで閉じかけているのを本当に理解してる?」
「オイル味になっても適応してみせるよ」
 ああ、そうだよ。
「冬矢が永遠を手に入れればいいじゃん」
「サイボーグになってまで生き永らえたら、君と同時に死ねるの?」
 同時に?
 贅沢がすぎる言葉を言う。
 僕が一体何千回それを願ってきたかも知らないくせに。
 肩を握る手の温度に首がびりびりと強張ってくる。見上げれば、にこやかな顔に更に力がこもってしまう。
「銀の杭で僕の心臓を刺してくれるならね」
「気が進まないな」
「ここにはね、いくつも痕があるんだ。心臓まで届かないと意味がないのに、あいつら非力でさ。半端な傷ばかり残した」
 ぐいっと襟元をずらせば、黒い痣が胸を埋めている。

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