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kiss
第16章 blood 未完

リビングのソファに電源が切れたように脱衣して寝転がるまで、永夏は呼吸で肩を上下することすらしなかった。
固まった人形のような表情で玄関の扉をくぐる横顔に、何一つ気の利いた言葉が出てこない己の唇を呪った。
黒く柔らかい革の中に沈む白い肢体に、手のひらに汗が滲むのを感じないふりをして木の葉色の毛布を掛けてやる。永夏は小さく足を組みなおした。
「行かないで」
暖かい飲み物をとキッチンに向かいかけた足を止める。鎖骨から上だけが毛布から出て、不安に満ちた瞳が向いている。
躊躇う余地もなく、永夏のお腹の横に浅く腰かけた。
すかさず隙間から出てきた白い手が、俺の褐色の手を握りしめた。こうして見下ろすと親子ほど歳の離れた青年に見えるが、何十倍もの年月を過ごしてきた存在だ。
「……あの、さ。手首ぎゅって、したい」
「もちろんどうぞ」
探るように手首を擦った手が、脈拍を図るようにぎゅうっと締め付ける。振動が伝わってきて、同じ鼓動を感じる。
小さな吐息が聞こえてきたと思えば、永夏が空腹に震えるように口で呼吸をしている。そっとその手の上に指を重ねて囁いた。
「早く飲み尽くしてくれたらいいのに」
「それで動かなくなった冬矢をどうしたらいいの」
ああ、暖房を入れ忘れていた。
身を屈めてテーブルの上のリモコンを手に取り、掲げようとしたまま勢いよく後ろに倒された。天井が埋めた視界に永夏が現れる。背中が冷たい絨毯でひやりとした。
毛布から抜け出た永夏は、緩い灰色のタンクトップに白いスウェットで、冷たい足の裏を俺の胸の上に置いた。それから体重をかけるように膝をまげて顔を近づける。
「やっぱ心音のほうが落ち着く」
「踏みたかっただけじゃないか」
ピッ、とエアコンが作動する音が響く。リモコンを床に投げおいて、永夏の足首を掴んだ。握りしめれば折れてしまいそうな骨が浮き出ている。
「居たんだろ?」
胸を圧迫されているので、声が若干潰れたせいか、眉を潜められた。
なんとか頭を起こし、ふうっと息を吐く。
「前にも、俺みたいな……一時的なパートナーは居たんだろ?」
くすぐるようにもがいた足首が止まると同時に声が降った。
「冬矢ほどじゃない」
「……光栄に尽きる」
「飢えて死ぬ方がマシかなって初めて思った」
足が退いたので、ゆっくりと身を起こす。
「でも冬矢は死にたいもんね」

