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kiss
第3章 lip

 うそつき。

 嘘つき。

 嘘吐き。

 あなただってすぐいなくなる癖に。

 駅に向かって走る。
 電車に乗り込むと、余りの人の数に立ち眩みがした。
 そうだ。
 休日のこの時間は混んでるんだ。
 まだ追われてる気がして人の間を練り進む。
 一番後ろの車両もぎゅう詰め状態だった。
 仕方なく、扉の前で立ち止まる。
 ハァハァと息を切らし、飲み込むように酸素を吸う。
 ムッとした車内ではなかなか呼吸は落ち着かない。
 上気した顔で外を眺めていると、突然背後に違和感を感じた。
 ガラス越しに確認するが、翔の姿はない。
 腰あたりをなぞる指。
 この人混みで、誰の手か判断つかない。
 また、楓か。
 僕は虚ろになる心で、この痴漢が早く気づくのを待った。
 尻を揉みしだいた手が太腿に沿って前に伸びる。
 ほら。
 気づいたらバカはやめろって。
 しかし、痴漢はズボンの上から中心を扱き始めた。
 この男……
 洩れそうな声を噛み締め、鉄柱を力強く握る。
 下を向くが、袖までは見えない。
 誰だ。
 叫びたい衝動を押さえつける恐怖。
 ただなすがままになってしまう。
 胸にも手が伸び、薄い生地の上から突起を転がされる。
 感じたことのない快感に背中が反る。
 ガラスに写る自分の顔を見たくなくて俯いた。
 そのせいで無防備のうなじに口づけされる。
「……ひっ」
 急いで口を覆う。
 ガクガク足が震えている。
 怖い。
 なんで、僕が。
 男の膨張したモノが腰に押し当てられている。
「……次の駅で降りなよ」
 低く、鼓膜に粘り着く声。
 嫌悪感に粟立つ。
 目の前の扉が開き、人の波に紛れて出された。
 小さな駅で、閑散としたホーム。
 降りたのも数人だ。
 その端にあるトイレに連れて行かれる。
 逃げたいのに、大人の手にがっしり掴まれ、足を止められない。
 嫌だ。
 こんなときだけ心に引っ込む女性の楓に訴える。
 なんでお前じゃなくて、男の僕がこんな目に合わなければいけないんだ。
 個室に入れられた瞬間、扉に手がかかる。
「放せよ、おっさん」
 二人が振り向く。
「そいつ、俺の連れなんで」
 翔が見たことない冷たい表情で男を睨みつけた。
「……大事なネコってわけか」
 下卑た笑みを浮かべる男を引きずり出し、壁に頭を叩きつける。
 僕は唖然と豹変した翔を見つめた。
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