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kiss
第5章 touch
「お前はなんなん?」
昼下がりの喫茶店、あいつは言った。
「……言うたところでって感じやがな」
「答えろや」
俺だって答えがわかれば答える。
しかし、そんな答えは納得してもらえない。
飲みきった珈琲のグラスを指に掛け、揺らしながら机を指で叩く。
左右とも指が大忙しだ。
そんなあいつは不機嫌で。
「答えろやって」
机の下で俺を蹴る。
あいつは革靴だから、その威力を自覚してほしいものだ。
脛に電気が走る。
俺は無表情を貫く。
それが苛ただしかったんだろう。
カップを乱暴に置き、鋭い目がさらに細くなる。
「ええか……お前はわかってへんようやがな、オレの後ろには」
「鵜亥さんがいるんやろ」
冷めた俺の声に少しだけ眉を上げる。
「知ってんねなら……尚更……」
伝票を掴む。
動揺するあいつを残して、俺はレジに向かった。
もう話しても仕方ない。
あいつは鵜亥のもので、俺はたまたま出会っただけの男。
「八四〇円になります」
無言で小銭を渡し、店を出る。
「待てや!」
すぐに肩を掴まれた。
新調した背広にシワが入っていないか心配だ。
「オレの質問に答えてへんやろが」
「意味がないからな」
標準語に戻った俺にまたあいつはキョロキョロする。
「せ……せやかもしれんけど」
「勝手に声掛けて悪かった。ああ、そうだ。鵜亥さんから逃げないと……だからついて来るな」
「ついて行くか! ボケ!」
そう啖呵を切った癖に、あいつはストーカーの如く遠慮がちに、殺し屋の如く着実に付いて来る。
困った。
本当に鵜亥に見られたらヤバい。
誰がヤバいって、あいつがヤバい。
自分の立場がわかっていない。
さっきコンビニの陰にいた男。
確か、汐野だ。
鵜亥の手下の一人。
こちらに気づいていた風でもないが、街の中には至る所に鵜亥の目がある証拠だ。
立ち止まる。
背中にいるあいつも立ち止まる。
どうしたものかな。
拾って欲しいなら拾いたいが。
無闇に手を伸ばしたら、組織に消されかねない。
「おい」
ビルの看板に声をかける。
実際は、そこに隠れている人物に。
「おい」
強めに言うと、現れた。
「ついて来たんちゃうで。お前がオレの行きたい方向に行くのがあかんのや」
「なら、先に行け」
あいつは黙る。