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kiss
第5章 touch
「どうした。先に行けよ」
服の裾を握り、唇を噛んだまま。
溜め息が出そうだ。
「……標準語は卑怯や」
聞こえるか聞こえないかの声。
「卑怯?」
「あーっ、もううっさいな。お前はいちいちムカつくねん!」
急いで口を塞ぐ。
モガモガまだ言うあいつに囁く。
「鵜亥さんに殺されたくなかったら静かにせぇや」
キッと睨みながらも黙った。
「殺されるってお前がか?」
「そっちや、巧」
巧を見かけたのは昨日。
つまり会って二日目。
なぜ今二人で街を徘徊しているか。
とりあえず思い出せる限りではこうだ。
「だぁから、人違いやゆうてるやろ?」
「そう言われましても、届け先がこちらだと会社から伝えられてますので受け取って頂かないと困ります」
ガラの悪い男が舌打ちをする。
俺はアタッシュケースを差し出したまま玄関に立っている。
「偉そうにすんなや、運び屋が」
運び屋。
そう言われればそうだ。
サラリーマンと同じ格好をして、俺が提げている鞄にはいつも異なるものが入っている。
薬。
書類。
金。
拳銃。
今日はなかなか監視の厳しい薬用パイプを運んできたところだ。
「鵜亥さん、こいつどないする?」
奥から鵜亥と呼ばれた細身の男が歩いてくる。
一目で裏の業界の人間とわかるオーラ。
キツい印象の眼鏡を掛けた鋭い瞳。
ネクタイはきっちり締めている。
黄色と黒のストライプ。
まるでスズメバチの大群を中に飼っているみたいだ。
コツコツ、と靴を鳴らしながら近づく。
「名前は?」
有無を言わさぬ口調。
逆らえばすぐに殺されそうだ。
「フラン」
鵜亥が目を細める。
「本名は?」
「言う必要がありませんが」
「それもそうだな」
この地方の言葉じゃないな。
それか使い分けているのか。
俺は鵜亥を観察する。
襟の立ったスーツ。
長い前髪を左右に分けて垂らしている。
横髪は束ねているので、一瞬シルエットを見た程度なら女性に間違えられるだろう。
「調べろ」
その一言で二人の男によって這い蹲らされる。
それから服の中のものを全て出されて、靴も調べられた。
「暗殺される理由でもあるんですかね」
地面に押しつけられながらも吐き捨てる。
「世の中物騒だろう?」
鵜亥は愉快げにソファに座った。