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kiss
第5章 touch

 白い壁にもたれ、脚を曲げる。
 煙草の煙もこの白の前だとくすんだ色になる。
 日差しが差し込み、風が抜ける。
「なぁ! 缶切りどこにやったん」
 勢い良く階段から降りてきた青年。
「どこにも何も、買ってない」
「えぇ~! 嘘やろ。信じられへんありえへん。桃缶……」
「ちょっと貸せ」
 十八歳になるのに、まだまだ出会った時と変わらない。
 巧は愚痴を言いながら渡してきた。
「開けきれる訳ないわ。缶切り買いにいこ」
「ほら、開いた」
「えっ、うわ。なして?」
「考えろ」
 俺は爪きりとナイフを渡した。
 しかし、それを三秒眺めるやすぐに皿を用意する。
 トプトプと中身を注ぎ、フォークで突き刺す。
「白くないで?」
「黄桃って書いてあるだろ」
「オレ、白いのがええ」
「今度な」
 黄色い桃を頬張り、顔が緩む。
 こんなに普通に笑えるようになったのはいつだろう。
 米噛みに残る傷痕。
 耳も少し削れている。
 隠しもしない茶髪が風に揺れる。
 犬みたいだ。
「なにニヤニヤしてん」
「してない」
「いや、してたで」
 迫るように近づく。
 大きくなったな。
 俺を抜かさんばかりに伸びる身長。
 もうすぐ百八十だ。
 ボタンの開いたシャツから見える体も逞しくなってきた。
 鵜亥の元にいたときの痛々しい痕は薄く残っているが、大分目立たなくなった。
「あんな、感謝しててん」
 甘い液が付いた指を舐める。
「オレ、あそこにおったら今頃こうしておられんかったから」
「どうした、急に」
「あれから二年やろ」
 少し焦らすように俯く。
 長い睫毛に目がいってしまう。
「なんもしてあげられてないやんか、オレ」
「別に求めてない」
「フラン」
 語気が強まる。
「いい加減本名くらい教えてや」
「忘れた」
「嘘や」
 感謝の話題から一気に攻め立てる。
「まだオレを信用してへんねやろ。せやから触りもしないし、寝室も別だし、いつも夜になったらどっか行くんやろ!」
「何の話をしているんだ」
「名前や!」
「聞いてどうする」
 一瞬ぐっと引き下がる。
「……いんや」
「なんて?」
「呼びたいんやっ」
 部屋に響く声。
「命の恩人やぞっ。呼びたいに決まってんねやろ」
「なんで怒ってるんだよ」
 笑ってしまう。
「誤魔化すんやね」
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