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kiss
第9章 finger
「あれっ。帯乃さんまだいたんですか」
「どうかしたの、タヤちゃん」
 着替えもせずに肩で息をするタヤが入ってきた。
 ふと気づくと、眼鏡をしている。
 本番中は外していたのか。
「いえ……初めてのスタジオ仕事だったんで、写真でも撮っておこうかと」
 カメラを手に構えて。
「スタジオって無断で写真撮っちゃダメだよ」
「ええっ。俺関係者ですよ」
 ふっと笑って帯乃はタヤの側に立つ。
「貸して」
「えっ」
 カメラを受けとると、タヤの肩を抱いて反対の伸ばした腕の先でシャッターを切った。
 カシャッ。
 反響したシャッター音。
「はい。秘密にね」
 帯乃は微笑んでカメラを返し、真っ赤になったタヤの頭を撫でた。
 撫でやすい……
 この高低差。
「あ、ありがとうございます」
「せっかくなら写りたいでしょ」
「は、はい。しかも帯乃さんと一緒になんて俺……宝物にしますね」
「またよろしく」
「はいっ」
「怖い桃ちゃんに怒られる前に戻りな」
「はい!」

「誰が怖い桃ちゃんだよ」
 楽屋に戻り、二人になってから顛末を話すと桃木は不服そうに唸った。
「新人教育の一環でしょ」
 素早く着替えてビルを出る。
 表に回してあった車に二人で乗り込んだ。
 恒例だ。
「あいつな」
「タヤ?」
「ああ。うちの事務所に受けて落ちたんだよ。今回は千載一遇の奇跡だった。たまたまスタジオ見学に来ていた矢先ダンサーの一人が事故に遭ってな」
「へえ。ケントが」
「命に別状はなかったみたいだが、しばらく仕事は出来ないようだ。ピンチヒッターで入ったのがタヤ。今回のダンスをフォーメーション合わせて覚えていた強者だ」
「どこで学んだの」
「今度の審査がこの曲のダンスなんだよ。形態まで覚えなくてもよかったのにそれが転じてこれだ」
「もつかね」
「どうだろうなぁ。俺はお前が奴を事務所に入れるのを期待してる」
 車が信号に止まった。
 帯乃は脚を組み換える。
「どういう意味?」
「他の審査員が落としても、お前だけは奴を入れたがる……そうなる」
「なに、桃ちゃん。予言者気取り? コワーイ」
「裏声で言うな。裏声で」
 四オクターブの声域をもつ帯乃はよく女声で冗談を言う。
 面白いし好きだから。
 単純だ。
「タヤちゃんどこに泊まってんの」
「どうした、夜這いか。手を出すなよ」
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