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kiss
第9章 finger
クッと眉を上げて桃木の首に腕を絡ませ、耳元に顔を近づけて囁く。
「じゃあ桃ちゃんでヌかせて」
誘うように腰を揺らして。
だが慣れている桃木は首を振って退けた。
「俺で抜くくらいならファン食え」
「うわっ。マネジメントの隅にもおけない発言! きゃー。桃ちゃん不埒」
言い返そうと身を前のりにしたときだ。
帯乃が舌を出して桃木の唇を舐めた。
鼻がトンとぶつかる。
帯乃は目を細めると、そのままキスをした。
「これで我慢しとく」
「……もう俺は何も言わん」
「桃ちゃん煙草変えた?」
「キスで読み取るな、キスで」
帯乃は悪戯っぽく笑って出て行った。
「……上手くなりやがって」
残された桃木は扉を見つめて毒づいた。
黒いサングラスを掛け、フードを被ってから帯乃はテレビ局を後にした。
迎えも用意されていたがなんとなく歩きたい気分だった。
もちろん素顔を晒すわけにはいかないが。
ポケットから煙草を取りだし、味わいながら散歩する。
さっきまでの熱気が嘘のように静かな夜道。
飲みに行こうかと建物を眺めていると、道の向こうにタヤを発見した。
パーカーにピッチリしたジーンズ姿でキョロキョロ周りを見渡している。
帯乃は横断歩道を渡って背後から肩を叩いた。
「ターヤちゃん」
「うっわぁああ! ひゃああっ、帯乃さん」
「あ。ばか」
その声量のせいで注目が集まる。
「え? 帯乃ってあの帯乃?」
「本人?」
「うおっ、やば」
何人も人が集まってくる中、一番動揺しているのはタヤだった。
「すすすみませんっ。ごめんなさい」
「いいから。こっちおいで」
集団の切れ目を潜って路地に逃げる。
タヤの手を握ってスタスタと。
この辺りは十年くらい前から知り尽くしている。
数ある記者を撒いてきた帯乃にとって、あの程度の人数から逃げるのは容易いことだった。
丁度二人が安心して足を止めたのはホテル街だった。
「うわ~。ピンク」
サングラスをずらして看板を眺める。
「本当にすみませんでした」
「え? まだ謝ってんの。いいよ、別に」
「いやでも俺本当に……ああ、帯乃さんのファンなんに迷惑かけちゃって」
「そうなの?」
「帯乃さんの後ろで踊りたくてオーディション受けたんですよ。ってすみません! 本人にお話することじゃないですよねっ」