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真珠浪漫物語
第5章 秘密と嘘
梨央はまるで大切なものを奪われまいとするかのように、綾香を抱きしめて離れない。
「…ちょっ…ちょっと、お姫様!」
綾香の方がたじろぐ。
「…私…お姉様にお逢いしてからずっと、お姉様のことばかり考えているのです。…カフェにも本当は毎日伺いたかった…お姉様にお逢いしている間は夢のように幸せで…胸がドキドキして…嬉しくて、時間はあっという間にすぎてしまって…お家に帰ると寂しくて切なくて…」
涙ぐむ梨央。
綾香はわざと邪険に梨央の身体を突き放す。
「…今日みたいに怖い思いをしても?浅草はあんな輩がうようよしているんだよ」
梨央は、尚も綾香に抱きつく。
「今日ほど興奮した日はありませんでした」
「…へ?」
梨央は夢見るような眼差しで続ける。
「お姉様が私のことを庇ってくださって、お姉様が私の手を握ってくださって、ご一緒に浅草の町を駆け抜けて…私、あんなに全力で走ったのは生まれて初めてでした。主治医に、走ってはいけないと禁止されていたからなのです。息が切れてちょっとドキドキしましたけれど、全然苦しくなかった。脚に羽が生えたみたいにふわふわして…お姉様とならもっともっと、走っていきたかったくらいです。今日みたいに楽しい日は生まれて初めてでした」
「…それはどうも…」
綾香はもはやなす術がないかのようにため息をついた。
今、このお姫様に何を言っても無駄みたい…。
「じゃあ、あんたが一息ついたらタクシーを拾ってやるからお家に帰りな」
梨央は更に綾香にしがみつく。
「…帰りません」
「はあ⁉︎」
「私、決めました。お姉様が私の家に来て下さらないなら、私がここに住みます!」
「…ちょっと!あんた、何言ってんの⁉︎なんであんたが私と一緒に住むのよ!」
梨央は綾香を真っ直ぐに見つめる。
その瞳はまるで生まれたての赤ん坊のように澄み切っている。
「…それは、私とお姉様は姉妹だからです。姉妹は一緒にいなくてはいけないのです。お姉様、梨央はお姉様が大好きです。お側にいさせて下さい。お願いします!」
この恐ろしく綺麗で無垢でこの世のものとは思えないような可憐なお姫様に、綾香の言葉が到底通じないような絶望感に囚われ、綾香は天を仰いだ。
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