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真珠浪漫物語
第12章 美しき薔薇の番人
翌朝、北白川家の従者やメイドは常になく慌ただしく立ち働いている。
梨央の事実上の婚約者である縣男爵が来訪し、昼食会が催されるからだ。
普段は屋敷に引きこもりがちの主人、梨央と最近この家の令嬢に加わった綾香しかいない屋敷はのんびりしたものなので、来客となると皆に緊張感が走るのだ。

なんとなく騒つく周りをよそに、梨央は半ば上の空で支度をしている。
昨日の綾香の言葉が胸に刺さって離れないのだ。

…梨央が決めるんだよ。
貴女の人生なんだから…。

…お姉様…。
梨央は途方に暮れていた。
今までそのような重要な選択を自らしたことがなかったからだ。
…お姉様が好き!愛している!
でも…お父様に逆らうことを私ができるかしら…。
お父様は私のことを考えて縁談を進めてくださっているのに…。
縣様も昔からずっと私を大切にしてくださっているのに…。

「…梨央様…梨央様…?」
考えごとをしていた梨央の耳にますみの声が不意に聞こえた。
「あ…、ますみ…」
振り向くと、あの菫色のドレスを手にしたますみが鏡の後ろに立っていた。
梨央ははっとした。
ますみは明るくドレスを見せる。
「…昨日、綾香様よりこちらのドレスをお預かりいたしました。…なんでもご試着中に綾香様が薔薇の花瓶のお水を誤ってかけてしまわれたとか…?まあまあ、綾香様はそそっかしい方なのですね」
ドキドキする梨央。
「…お、お姉様がそうおっしゃったの?」
「ええ。丁寧に詫びられて、なんとか綺麗にできないかと持っていらしたのです」
「…お姉様…」
涙が浮かんでくる。
それをドレスの心配と理解したますみは、梨央を安心させるように続けた。
「ご安心くださいませ。綺麗にクリーニングできましたので。…さあ、梨央様、こちらのドレスにお召替えを…」
ますみがドレスを差し出す。
昨日の綾香との甘美な愛の営み…。
乱れた自分…。
羞恥のために、首筋が染まるのが分かる。

…と、その時…。
「私が手伝うわ」
艶めかしい声が聞こえる。
ドアを開けて、一際華やかに美しく着飾った綾香が現れた。
その何者にも犯すことができない比類なき美しい姿に、梨央は心から感動し、ため息が漏れた。

「…お姉様…綺麗…」
涙ぐむ梨央を、綾香は優しく抱きしめる。
「…さあ、支度をしましょう。…私の可愛い梨央…」
綾香はうっとりするような笑みを浮かべた。
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