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わけありっ、SS集!
第1章 緋狐(ひぎつね)の宝玉

ーーもう本当に、ダメかもしれないと思った。
遠くからわずかに水の流れる音がした。少年が虚ろな眼差しを向ける。幻聴かと思ったのだ。
喉は渇ききっていた。飲まず食わずで、どれほどの時間山の中をさ迷ってきたのか。何度夜を越えたのか、記憶も靄(かすみ)がかかったように朧だ。
身体中が軋むように痛んだ。秋を迎え、色とりどりの紅葉(こうよう)が美しく山中を飾っている。それに反し、きつい足場の悪い斜面と秋口の寒さは容赦なく少年の体力を奪っていった。
このまま野垂れ死ぬんじゃないかと、何度も思った。そのたびに少年を生に執着させていたのは、他でもない家に残してきた病気の母親の存在だった。
母は床(とこ)に伏している。数週間前原因不明の病にかかり、身体の状態は悪くなる一方だった。
医者を呼ぶ金も薬を買う金もない。気休め程度の薬草を少量、煎じて飲ませる以外に少年が母のためにしてやれることはなかった。
金がいるのだ。金さえあれば、医者が母をきっと救ってくれる。
少年は藁にもすがる思いで、この山に来た。ここには昔から、ある伝承があった。

