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わけありっ、SS集!
第1章 緋狐(ひぎつね)の宝玉

目を開けると、緋狐は変わらず微動だにしないまま、じっと少年を見つめていた。その無垢な、けれどもどこか凛とした眼差しを見つめ返す。
自分にはどうしても、この罪のない小狐を傷つけてまで宝玉を奪うことはできない。母に心の内で何度も詫びた。
少年は石を捨て、柔らかな緋狐の体を離してあげた。
「おまえ、全然怯えないんだな……」
苦笑して、小さな頭を何度か撫でた。
緋狐が岩陰に去っていく。
その姿を見送り、少年はその場に仰向けで横たわった。緋狐を追いかけ全力で走った疲労が、今になって少年の全身に大きなダメージを与えていた。空腹も足腰の痛みも、限界だった。
母を救えないどころか、自分はもう家に帰りつくことすらできないだろう。山をがむしゃらにさ迷い、下(くだ)り方も覚えていないのだ。緋狐の額にある宝玉を手にいれるという唯一の希望も絶たれた。もう少年が必死に生にしがみつく理由は、一つもなくなった。
硬い地面に横たわり、秋の澄んだ空を見上げながら、静かに目を閉じた。

