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変質者の手毬唄・珍田一耕助シリーズ
第8章 「雷雨」
女将に教えてもらった通りにあわび山荘の裏口から出ようと庭を歩いていると、土蔵の窓から外を眺める凛の横顔が珍田一の目に留まった
厚く垂れこめた陰鬱な黒い雲を見上げる白く透き通った美しい横顔もまた格別だった
不安そうに雲を見つめる大きな瞳…
僅かに開かれた薄い唇…
このままいつまでも眺めていたいほど珍田一は凛の横顔の美しさに引き込まれていた
「今にも降ってきそうですね」
驚かさないように控えめに声を掛けたつもりだったが、珍田一の声に凛は少し怯えた表情を見せた
「あ、す、すみません…驚かせてしまいましたね…」
珍田一は鳥の巣を彷彿させる、その特徴的な髪を掻き回すような仕草を無意識のうちにしている
「あの…凛さんは、小柳民吉の講演を観に行かれないんですか?」
少しの間の後で、凛は寂しそうに頷いた
「凛さん、昨日の約束…覚えていますか?」
凛は、また少し間を空けてから頷いた
「良かった…。では…」
珍田一が言いかけたその時…ザァーっと音を立てて、大粒の雨が降り始めてきた
珍田一の身体に容赦なく雨粒が降り注ぎ、あっという間に無残な濡れネズミ同然の姿になってしまった
すると凛の姿が窓から消え、窓を見上げていた珍田一の右手にある土蔵の扉が低い音と共に開いた