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月の川 〜真珠浪漫物語 番外編〜
第3章 月光庭園
緊張して火照った頬を冷まそうと、バルコニーの外側に出て深呼吸をする。
夜目にも広々とした庭園がガス灯に照らされて、まるでお伽話の森のようだ。
縣様のお屋敷はお庭も素晴らしいのだな…。
感心して眺めていると背後から朗らかだが品位のある声がかかる。
「我が家の夜会はいかがかな?」
はっと振り返ると、そこにはワルツを踊り終えた縣が佇んでいた。
煌びやかな令嬢達が高揚した様子で何かを囁きながら縣を見つめている。

「縣様…。本当に素晴らしく華やかで、夢の世界のようです」
縣はバルコニーの手摺に腰掛けながら、優しく笑い返す。
「ありがとう。…祖父の代の時は酷かったらしいんだ。…ワルツの合間に剣舞が始まったりしてね。…未だに語り草さ」
戯けたように笑う縣は、自分の祖父を揶揄するように見せかけて、実は全く気にした様子もなく、広い心の余裕を感じさせる。
月城も思わず微笑む。
…大きな方だな…縣様は…。
月城の心を知ってか知らずか、縣はじっと月城を見つめて口を開く。
「君とは一度、じっくり話をしてみたかったんだ」
「…私とでございますか?」
月城は目を伏せる。
「私など…一介の使用人でございます。面白いお話もできません…」
「…でも君は梨央さんが唯一心を開いている執事見習いだ」
意外なほど真剣な眼差しが月城を捉える。
「…縣様…」
「おまけに、めったにいないような美青年でしかも秀才ときている…これからますます、梨央さんは君への信頼を深めるだろう…羨ましいよ…」
月城は眼鏡の奥の切れ長の瞳を見張る。
「羨ましい…?」
聞き間違いかと思った。
「ああ、羨ましい。…だって君は一日中、梨央さんの側にいられる。…梨央さんがどんな表情で笑うのか、どんな表情で泣くのか…そして、どんな風にお寝みになるのか…全て見守ることが出来るのだからね…」
縣はもう笑ってはいなかった。
真剣な表情…梨央様を挟んで、まるで恋敵のような…
…もしかして、縣様は僕に嫉妬しておられる…?
馬鹿な…。
月城はすぐに考えを取り消す。
縣様のような完璧な紳士が、地位も名誉もなにもない使用人の僕に嫉妬するなどあり得ない。
…けれど…
月城は、まっすぐな眼差しで縣を見つめ返す。
「…確かにそうです…けれど、私は縣様のように梨央様の後見人なることも…例えば梨央様と結婚することも不可能なのですから…」
縣がはっと息を呑む。


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