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月の川 〜真珠浪漫物語 番外編〜
第3章 月光庭園
月城は緊張しながら恭しく一礼し、挨拶をする。
「初めまして。月城と申します。北白川伯爵家で執事見習いをさせていただいております。何分、田舎者の若輩者でございますので、失礼がございましたらご容赦下さいませ」
子爵夫人は可笑しそうに笑い、月城に近づく。
「まあまあ、なんて純粋で可愛らしい執事見習いさんなの!…海千山千の狭霧と大違いね!」
「おやおや、ご挨拶ですね」
狭霧が肩をすくめる。
子爵夫人は華奢なレースの手袋の手で、月城の頬を撫でる。
「…綺麗なお顔だこと…。眼鏡が惜しいわね。…でも生真面目で潔癖そうで…女心をそそるわ…」
「…あ、あの…」
子爵夫人の甘い香水の香りが漂い、華やかな顔と成熟したドレス越しの身体を近づけられ、たじろぐ月城である。
「…北白川伯爵家は狭霧といい貴方といい、従者は美形揃いね。羨ましいこと。もっともお嬢様はまだお小さいから、その価値がお分かりにならないでしょうけれども」
「…は、はあ…」
「そういえばこちらの礼也様がお嬢様の後見人に選ばれたとか…?…北白川伯爵はおさすがね。有望な青年貴族を見極められるのが早いわ。お嬢様はまだ6歳でしょう?…将来のお婿様に…のおつもりかしら」
月城は困ったように下を向く。
子爵夫人はそんな月城を見て表情を和らげ、甘い声で囁く。
「…まあよろしいわ。ねえ、月城さん、貴方は東京に出てきたばかりなのでしょう?」
「は、はい!」
子爵夫人がふいに月城の手を握りしめる。
「…なにか困ったことがあったらいつでも私を訪ねていらして。屋敷は飯倉ですの。北白川のお家と近いわ…貴方ならいつでも歓迎してよ?」
夫人の艶やかな赤い唇が誘うように近づく。
白い肌、長い睫毛、唇の横にはつけ黒子…
月城は思わず、後ろに後ずさる。

狭霧が陽気な声をあげ、夫人の背中に優しく触れ囁く。
「さあ、夫人。そろそろご主人様のところにお戻りにならないと…先ほどから、海軍大将と話されながらずっとこちらをご覧になられていますよ」
夫人は美しい眉を上げ、唇を歪める。
「…本当に嫉妬深くて嫌になるわ」
「私が奥までお送りしますよ。さあ、お手を…」
狭霧はさりげなく月城に目配せをして悪戯っぽく笑う。
狭霧が恭しく手を差し伸べると、夫人は素直に手をとられ、狭霧共々広間の奥に入っていった。
…狭霧さんは僕を助けてくれたのかな…。
月城はほっと息を吐く。




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