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月の川 〜真珠浪漫物語 番外編〜
第1章 天使の手のひら
月城は温かく甘いバターの匂いのする春に肩を抱かれながら泣き続けた。

「お母さんが恋しいのかい?」
月城は首を振る。
…そうじゃない。
寂しい訳でも恋しい訳でもない。

僕はあの寂れた何の希望もない寒々しい村から一人抜け出せたことにほっとしている。
母や弟や妹を見捨ててまで…
そして、あの忌まわしい何の愛着もない村から一人逃げだせたことを後ろめたく思っている。

弟や妹や母は…恐らくこれからこんなにも美味しいものを食べることはないだろう。
この屋敷では普通に使用人が寝ているというふかふかの寝台で眠ることも…。

僕は逃げたのだ。
あの村から、家から、母から、弟から、妹から…。
全て捨てて自由になりたかったのだ。
人生をやり直したかったのだ。

…ごめん、ごめん、ごめん…!

月城は泣きながら心の中で詫び続けた。
春は月城の髪をまるで母親のように撫でながら言った。
「沢山勉強して、大学を卒業して、立派な執事になるんだよ。…お母さんはきっとあんたを誇りに思っているからね」
月城は頷いた。
その髪を春がわざとくしゃくしゃにかき乱す。
「泣きたくなったらいつでも春さんのとこにおいで。この広い胸で泣かせてあげるからね。ハンサムさん!」
周りのメイド達が笑い出す。
「あら、それなら私の胸を貸すわ」
「あら、私よ!」
ふざけた会話で場が和んだ時だ。

一人のメイドが驚きの声をあげた。
「お嬢様!なぜこちらに⁈」
月城が反射的に振り返る。

食堂の入り口に、白いドレスを着た梨央がべそをかきながら月城を見つめ立ちすくんでいた。
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