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Vesica Pisces
第8章 太陽は静寂に寄せる
電車に乗る頃には涙なんて跡すら残ってなかった。

『手、握ってみたいです』

一瞬眉をひそめた表情に怯むけれど、透は目の前に右の手のひらをパーにする。

指先がちょいちょいと左手を招いていて、そっと合わせると指と指が重なり合って透の背中へと隠される。

それと同時にまた一歩近づいた。

指を獲られると会話が出来なくなるのに、ただ嬉しくて笑顔が溢れた。

乗り換えの駅に着いても指は絡んだままで。

改札が見えると歩みを止めた。

「何?」

『…明日、何時に戻るんですか?』

「8時2分発」

腕時計を見るともうすぐ20時、あと12時間しかない。

鞄からスマホを出すとすぐにメールを送った。

“彼氏とお泊まりさせて下さい”

送付先は母。

程なくしてメールが返ってくる。

“ちゃんと会社に行くのよ、今度ちゃんと紹介してね”

深く質さない母をありがたく思う。

メールを透に見せると、来た道を戻って行った。

途中で服の替えと下着と化粧品を買って、透がとったホテルに向かう。

平日という事もあり、シングルの部屋のグレードアップも滞りなく済んだ。

全てがあっという間に進む。

今朝までの憂鬱はどこへいってしまったんだろう。
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