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こじらせてません
第1章 捕縛


「やっぱ高橋さんってすごい! グッジョブ!」
「高橋チーフ、グッジョブです!」
「グッジョブグッジョブ! ミ……、高橋! グッジョブだよ!」

朝イチの会議が終わり、廊下に出ると、顔を合わせる人から、やたらGJを送られる。

会社に来ればジョブ、すなわち仕事をするわけであるし、一口に仕事と言っても様々ある。キチンと「何が」と指定してもらいたい。

タブレットを見ると、スケジュール表に十時からの打ち合わせが入っていた。何について、は書いていない。

こちらの都合を無視したスケジューリングにイラっときた。しかし会議が延びて十時を過ぎていたし、場所は会議室ではなく応接室、広報部からの呼び出しとなれば、社外の人間が絡んでいるかもしれない。「何が」で言えば、こちらのほうが重要であったので、ミサは応接へ急いだ。

黒居との別離が金曜日でよかった。

_(:3 」∠ )_

土日は大半、こうなっていた。部屋の中を移動するときは、ここから更に崩れた粘液体となって、ドロドロと床を這っていたかもしれない。

当然だが、ショックは甚大だった。

黒居は卑怯だった。
頭の良い黒居のことだ、不義の相手でも身重の姿を目の当たりにさせれば、力学的にも心理的にも、どちらの暴力も奮わないと践んだのだ。

もくろみ通りの結果だったろう。

何の罪もない赤子が健やかに、かつ幸せに人生を始めるためには、ミサは静穏であるべきだった。

正確には、ミサは「新たな命の健勝と多幸を邪魔するような自分」になりたくなかったのだ。

だいたい、この矜持は最近になって形成されたわけではない。昔から、子供の時からずっと、こんな感じだ。

ミサは地銀勤務の父、専業主婦の母の一人娘である。

ぞんざいに扱われた記憶はないが、世間一般によくある一人娘のイメージほど、両親が箱入りで育てようとしていた向きはない。父は、世間一般でよくある銀行員のイメージほど、堅物な人ではなかったし、母も、世間一般でよくある専業主婦のイメージほど、鷹揚な人ではなかった。

世間一般でよくある、標準的な親だった。

そう、両親は。
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