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こじらせてません
第1章 捕縛
祖母にとって、ミサは初孫だった。
大変喜んでくれたという。
喜んだので、両親は命名の任を祖母に託した。
祖母は「ミサ」という名を与えた。
そして改めて、祖母は敬虔なクリスチャンだった。
なのでミサは、女の子としては大変響きの良い部類に入る「ミサ」いう音韻と、女の子としては大変取り扱いに困る「聖餐」という表記を頂いた。
祖母は謹厳な人であったから、決してふざけたわけではなく、至って真面目だった。
もっとも、新生児であったミサは、真面目な姿を確認できなかったから、これは推測だった。
そして、当時のミサは、真面目に断りを入れる能力を、まだ獲得していなかった。これは事実である。
名刺を渡す時、相手の度肝を抜くことができる。度肝を抜かずに、名刺を渡せたためしがない。
「ミサはキラキラネームのはしりだなあ」
いつぞや父が何気なく言った時、引っぱたきたい衝動に駆られたし、祖母の教育がなければ実行に移していたと思う。
この父が携えていた、高橋という、ありふれた苗字であることが、まだ救いだった。しかし祖母と同じく敬虔なクリスチャンであった叔母は、同じく敬虔なクリスチャンであった黒居を、生涯の伴侶の候補として紹介したのだった。
結婚すれば、アフリカへ同行することになるかもしれない。
その決断よりもずっと、「黒居聖餐」になる決心のほうがつけがたかった。
もはや人名とは思えない。黒という文字が特にいけない。
声に出せば「クロイミサ」だ。
愛称を考案するならば、誰もが「黒ミサ」へ誘導されるだろう。
この重大な問題は整理がつかなかったが、「結婚というものは、我慢と妥協を伴う」、そんな俗諺に転化することはできた。
ところが、主格たる「結婚いうもの」を反故にされたのである。
敬虔な男に不義をはたらかれたショックが助長された。誰かに言えば、「しょーもない」と言われるのは承知だが、ずっとこの名前で過ごしてきたミサにとっては、ちっともしょーもなくはなかった。婚約破棄に対してではなく、決心を反故にした件について、何らかの補償してほしいくらいだった。
大変喜んでくれたという。
喜んだので、両親は命名の任を祖母に託した。
祖母は「ミサ」という名を与えた。
そして改めて、祖母は敬虔なクリスチャンだった。
なのでミサは、女の子としては大変響きの良い部類に入る「ミサ」いう音韻と、女の子としては大変取り扱いに困る「聖餐」という表記を頂いた。
祖母は謹厳な人であったから、決してふざけたわけではなく、至って真面目だった。
もっとも、新生児であったミサは、真面目な姿を確認できなかったから、これは推測だった。
そして、当時のミサは、真面目に断りを入れる能力を、まだ獲得していなかった。これは事実である。
名刺を渡す時、相手の度肝を抜くことができる。度肝を抜かずに、名刺を渡せたためしがない。
「ミサはキラキラネームのはしりだなあ」
いつぞや父が何気なく言った時、引っぱたきたい衝動に駆られたし、祖母の教育がなければ実行に移していたと思う。
この父が携えていた、高橋という、ありふれた苗字であることが、まだ救いだった。しかし祖母と同じく敬虔なクリスチャンであった叔母は、同じく敬虔なクリスチャンであった黒居を、生涯の伴侶の候補として紹介したのだった。
結婚すれば、アフリカへ同行することになるかもしれない。
その決断よりもずっと、「黒居聖餐」になる決心のほうがつけがたかった。
もはや人名とは思えない。黒という文字が特にいけない。
声に出せば「クロイミサ」だ。
愛称を考案するならば、誰もが「黒ミサ」へ誘導されるだろう。
この重大な問題は整理がつかなかったが、「結婚というものは、我慢と妥協を伴う」、そんな俗諺に転化することはできた。
ところが、主格たる「結婚いうもの」を反故にされたのである。
敬虔な男に不義をはたらかれたショックが助長された。誰かに言えば、「しょーもない」と言われるのは承知だが、ずっとこの名前で過ごしてきたミサにとっては、ちっともしょーもなくはなかった。婚約破棄に対してではなく、決心を反故にした件について、何らかの補償してほしいくらいだった。